月別アーカイブ: 2013年8月

3大アーティスト夢のコラボレーション!

WARHOL

1980年代のニューヨークのアートシーンはとにかく面白かった。ウォーホールはまだ健在だったし、バスキアのような天才が現れたり、キース・へリングがグラフィティーを有名にしたり。また、この時代には具象と抽象を行き来するようなインパクトのある表現のペインターが沢山出現した、ジュリアン・シュナーベル、デビッド・サーレ、エリック・フィッシェルなど切りがないがフランチェスコ・クレメンテもそういった新しいペインターの一人だ。また、80年代はナイトライフが最後の盛り上がりを見せた時代でもあり14丁目にはパラディアムという日本武道館程もある巨大なナイトクラブがオープン。連日大量の人がそのオオバコを埋め尽くしてぶっ飛びながら踊っていた。そのパラディアムには時代を反映するかのように多くの本物のアートが施してあった。入り口の階段の壁にはフランチェスコ・クレメンテのフレスコ画が描かれ、巨大なバーのあるマイケル・トッドルームという部屋の壁面にはバスキアが壁画を描いていた。踊り場で踊っていると舞台装置みたいに上から仕切が定期的に下りてくるがその絵柄はキース・へリングだった。また、地下の電話とトイレのあるエリアは当時人気だったケニー・シャーフが担当。電話機にゴムの蛇やらトカゲを接着してサイケに色を塗りたくり電話機をまるでアートのオブジェと化していた。そんな時代を象徴するアーティストのウォーホルとバスキア、クレメンテの3人がコラボして制作した作品集がこのCOLLABORATIONS  WARHOL・BASQUIAT・CLEMENTEだ。なんとも贅沢なコラボレーションだが、この頃はウォーホールとバスキア2人のコラボも話題になった。その後、バスキアはドラッグのオバードースで他界し、ウォホールも入院先の病院の医療ミスで亡き人となる。クレメンテは今も健在でアーティスト活動をしていると思うが今から約30年前の1980年代、「80’s」と呼ばれた時代にこの三人はまさに時の人であったのだ。「80’s」が実現させた夢のコラボレーションは懐かしくもあるが、もうあんな時代は2度と来ないと思うとどこか切なくもなる。やがて、クラブカルチャーの終焉と共に取り壊されたパラディアムだが、壁にあったあれらの絵はいったいどうなったのだろうか。きっと誰かが大切に切り取ってコレクションしているに違いない。バスキアが亡くなってすぐに大型トラックがバスキアのアパートにやって来て絵から家具から灰皿まで全て持ち去ったという話を聞いた覚えがある。アートはNYにおいて膨大な金を生むビジネスであり、売れるものやコレクション出来るものは作品だけではないのである。

フミヤさんにとってのアートとは?(第2回)

最近買ったアートは?

田辺ところで、作品を買う時には家の雰囲気に合わせてとか、テーマがあるの?

フミヤテーマはあまり考えないかな。 その作品が好きかどうか。 でも、ここに掛ける作品をずっと探してるみたいな時もたまにあるかな。

田辺そういうので見つけた作品とかあるの?

フミヤそうだね、絵じゃないけど、この間スタジオになにか掛けたいなと思ってた時にオノ・ヨーコとジョン・レノンのWAR IS OVERの運動やってた時に配ったチラシというかハガキ?そのハガキが売ってたから、オリジナルが、それを買ったな。 あれもプリントといえばプリントだよね。 エディションなんか分からないけど。

田辺それは歴史的な価値があるよ。 一番最近買ったのがそれ?

フミヤ最近買ったのは、ロートレックの版画だね。

田辺えーまたこれは、印象派ですか!

フミヤ印象派!印象派嫌いじゃないよ!でも、絶対に絵画には手が出ないから。 MOMAとかに入るもんだからね。 でも、だからロートレックの版画が一個くらいあっても良いかなって思ったんだよ。

田辺じゃあ、その辺の後期印象派みたいなヨーロッパの作家作品もいくつか持ってる?

フミヤそう、ルノワールとピカソとロートレックかな。

フミヤさんのアートはどうなっていく?

田辺じゃあ、最後に、以前フミアートをずっとやっていて、最近はやっていないけど、まあファンにはカレンダーやったりアートをやっているけど、将来的にはどうですかアートをやる気はありますか?

フミヤうーん、もう大それた考えみたいのは全くなくて、趣味だね。最終的には自分で描くのは筆かペンのみになると思うね。 デザインとかコンピューターでやったりもするけど、最近は手描きのものをTシャツにするとかも多いんで、なんか、手描きが面白いね。 コンピューター使ってた方が楽な時もあるけど、やっぱり、手描きだね。趣味的に、55過ぎとかになったらまたやるんじゃないかな。

田辺余生の趣味?

フミヤそうそう!余生に趣味として!それでね、なんか、ちょっと発表出来たらいいね。

もう一度、フミヤさんにとって、アートとは?

田辺最初にアートとは?って聞いたけど、 フミヤにとってアートとは何ですか?

フミヤそうだね、まず完全に生活して行く上ではいらないものって言えばいらないものなんだよね。 衣食住が整った上じゃん、音楽にしてもアートにしても。 だからまず心に余裕がないと見ないというか、でも、かき立てられるものはあるね、アートを見ると。 物を作る人間にとっては特に。。

田辺刺激を受ける?

フミヤ刺激を受けるね。 あと、変な話だけど、普通のレストランとかにでも、1枚凄い絵が壁に掛かってるとそいつがめちゃくちゃ主張するじゃん。 それが、店自体の記憶にもなるし。そういうパワーはあるね。でも、意外とレストランの人はそういうの気が付かなくて、埃がたまるからとかいって飾らないですよとか言うけど、全然違うのにな~とか思う。

田辺海外のお店の方がそういう点アートを壁に掛けてる?

フミヤ海外は掛けてるよね、だから、家でもそういう事は言えると思う。 思うけど、海外に比べて日本人に欠けてるものは実はそこだよね。 アメリカに行くとコストコみたいなスーパーにさえアートが売ってるじゃん。 3000円くらいでオイルペインティングってやつが。笑

田辺確かに売ってるね。

フミヤそれで、リフォームされた家みたいの見に行くと壁にアートがいっぱい掛かってる。 それぞれの部屋に。セットみたいに。で、その部屋の雰囲気がモダンになってるじゃん。 そういうものが本当に3000円とかから買えるような状況で普通にスーパーにだーっと置いてあるじゃん。 だから、家具を買う時に椅子が絶対にいるよねっていうのと同じでそこに絶対にアートがいるっていう感覚でアートを掛けるけど、日本人にその感覚はないよね。

田辺まさにその感覚が日本になくなった気がするんだけど、日本って床の間文化だったから日本家屋から床の間がなくなったらアートの居場所もなくなったのかな。

フミヤそう、日本ってアート飾るのは床の間と玄関しかなかったからね。 でも、最近玄関とか床の間とかなくなって来てる。 あとは、トイレになんか詩を書いたのが飾ってあるとか。笑

田辺まあ、トイレはまだかろうじて飾り場としてあるとしても玄関も立派な玄関はなくなったし。

フミヤないね、あと、物が増え過ぎてるんじゃないの?一般的にいうと。 なんか、百均的なものがたまっていくんだよ、百均のかごの中にまた百均がたまって行くみたいな。。。 そういうのが雑然とあるからそこに飾れるものはもうカレンダーくらいになっちゃう。 でも、インテリアショップとか行くと昔に比べたらアートとか色々とデザインされたものは生活に入って来てる。 だからそういう意識は上がって来てると思うな。 ただ、海外だと小さいのだったら1000円とかくらいでアート売ってるからね。 海外だと壁にはアートが必ずと言っていいくらいあるからね。

田辺たとえ安っぽいモーテルでもある。

フミヤあるある!何も飾ってない壁ってないもんね。笑

「フミヤさんにとってのアートとは?」(第1回)はこちら

ピカソの本

PICCASO1 PICCASO2 PICCASO3

DAVID DOUGLAS DUNCANがピカソのプライベートな生活をドキュメントとした写真集「THE PRIVATE WORLD OF PABLO PICASSO 」はビレッジにある古本屋のショーウィンドーに飾られていた。そこに開かれてあったのは、ピカソの鋭い眼のアップが見開きで迫ってくるページ。強烈なイメージは、ピカソ好きな僕を買う気にさせるには十分過ぎるインパクトだった。ピカソといえば女性遍歴の凄まじさで知られる。恋多き男、その情熱をクリエーションの原動力にした愛のアーティスト。しかし、身勝手で独占欲の強いその愛情は常に激しく過激だったために回りを傷つけることもおかまい無しだった。オルガ・コクローヴァ、フェルナンド・オリヴィエ、エヴァ・グレル、マリー・テレーズ、ドラ・マール、フランソワ・ジロー、ジャクリーヌ・ロック。。。(このうち、マリー・テレーズとジャクリーヌ・ロックは自殺している)とにかく、生涯を通して恋多き男だった。ピカソの写真を撮った写真家には他にもブラッサイなどもいて、その写真集も持っているが、僕は、最後の妻ジャクリーヌ・ロックと暮らしていた晩年のピカソを撮ったこのデヴィッド・ダグラス・ダンカンの写真集がとても好きだ。まさに生活の全てがアートというにふさわしいアートだらけの彼のアトリエ住居での生活風景。子供達とおどけて遊ぶ姿やさりげなく日々の制作をする姿などからピカソという人間の素顔が垣間みられる。ピカソのこととなると言いたいことは沢山あるのだが、女性遍歴に関係した話をするなら、僕が一番好きなピカソが女性を描いた絵は彼がフランソワ・ジローと一緒だった頃の絵だ。フランソワ・ジローをまるで太陽のように崇めた絵は彼のフランソワ・ジローへの愛情の深さを表しているかのようである。その後、ピカソに愛想を尽かして2人の子供を連れて他の男と結婚し、唯一ピカソをふった女と言われるフランソワ・ジローだが、愛したが故に異常なまでの独占欲で支配しようとしたピカソにとってはさぞショックな出来事だったに違いない。
ピカソの女性遍歴は賛否両論だとしても、生涯をアートに捧げ、最後まで作り続けたピカソの芸術家としての功績には誰も文句は言えまい。その女性遍歴、アートの圧倒的な量、後世に残した影響力において誰もかなわない絶対的な天才だった。

中園孔二展

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中園孔二展 2013年8月3日~8月31日 TOMIO KOYAMA GALLERY/清澄

 

中園孔二展はペインティングとインスタレーションに音響も加わった意欲的な展示だった。
特にペインティングが魅力的でいくつかの表現を持っているが、作家の年齢を聞いて驚いた。
若干23歳、その若さにしてここまでユニークで自由、豊かな表現力とは実に面白い作家が現れた。
色彩感覚や表現力は教えられて良くなるものもあればいわゆる天性のものもある。
中園孔二の豊かな色彩感覚と独特な表現力はまさに天性の才能であると思う。
教えられるものではない天性の才能が花開くのには時間はかからない。
だからこそ彼は23歳という若年であるが既に平然と彼独自の域に至っているようだ。
しかし、辛口で見たら若いが故に表現がまとまっていない部分もあるかも知れない。
でも、考えてみたら23歳でここまでまとまっているなんて凄いなあとも思わせる。
僕は特に彼のペインティングのクレヨンを使った作品とシンプルな形の油彩が好きだ。
そして、そこに描かれた不思議なキャラクターのような人物達も実に面白い。
中にはピカソを彷彿とさせるような作品まであって、とにかくセンスがめちゃくちゃいいと思う。
小山登美夫氏が公募展で見出し、自ら小山登美夫賞を与えてデビューさせたと聞く。
村上隆や奈良美智を見出した小山さんが今後彼をどういった作家へ育つ方向に導くのか。
「ばらばらに見えますが出来上がった作品は全て自分が見たかった景色」という作家のコメントにも天才肌を感じる。
とにかく、今回はペインティング好きの僕のツボにハマったのでベタ褒めで終始させていただきます!