月別アーカイブ: 2013年11月

「SUPER LESLIE KEE 15th Anniversary Photo Exhibition」

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渋谷パルコに新しく出来たギャラリーでレスリー・キーの写真展が開催された。近年の彼のコマーシャルフォトグラファーとしての活躍ぶりは本当に凄いと思う。あんなに沢山の、そして様々な人を撮り続けているフォトグラファーは日本には他にあまりいないと思うし、そのエネルギー、バイタリティーには圧倒される。superシリーズと銘打ってヨウジヤマモトからビートたけし、浜崎あゆみ、松任谷由実まで各界のセレブリティー達を激写しているが、そういうキャスティングを可能にしているのも彼の貴重な才能だと思う。写真の美しさも彼独自の境地に達しているようで、人物を凄く素直なライティングで奇麗に撮影するし、リタッチもうまい。撮られる側も彼に撮られるのは幸せな体験だろうし、楽しいんだろうなと想像する。先日、将来的なアート関連のプロジェクトの打ち合わせでレスリーとランチをしたが、最初から最後までノンストップで喋り続けるレスリーのパワーには圧倒された。こういう調子で仕事もバシバシこなしているんだろうなと思った。今回の展覧会では様々な写真が展示されている他、「Yohji Yamamoto(ヨウジヤマモト)」の2014年春夏コレクションのイメージビジュアルが世界初公開された。また、物販コーナーにはTシャツや写真集なども多数あってレスリーファンや彼の撮影したセレブリティーのファンには嬉しい展覧会になっている。これからもレスリーは様々な人達を撮り続けるだろうし益々の活躍に期待したいフォトグラファーだ。

ポップアートの看板職人、ジェームズ・ロゼンクエスト

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ジェームズ・ロゼンクエストは広告などの巨大な看板を描く職人だったという。
ポップが大衆向けという意味であるなら、ポップアートの世界に登場した数多いアーティストの中でもこれほどポップなバックグラウンドの作家は他にいないのではないだろうか?彼の作品を最初に見た時、その大胆でビビットな色使いと、写実力、画面構成の奇抜さに衝撃を受けた。それは写実的な絵なのだが写真のようではなくあくまで絵として存在していた。それはおそらく看板を描いていた頃に培ったスタイルなのではないだろうか。日本では昔、映画館の入り口などには映画の宣伝看板が必ずあってそれらは写実的なのだけど近くで見ると筆のタッチがありありと分かる絵だったのだが、ロゼンクエストの描き方にはそれに通ずるものがあるような気がする。彼の画面構成もまた独特で、色々な物や人がコラージュのように断片的に描き並べられていたり白黒の写真のようなイメージがあったりする。またはポップな色の食べ物や天体観測のイメージに大きな指が構成されていたり、異なったコマが画面の中で融合されてひとつになって不思議なイメージの世界を作り上げている。晩年には更に複雑に入り組んだイメージの融合を絵にしたような世界も描いていて、その独自の絵画はどんどん重層的にエスカレートして行った感じがするが、彼にしか描けないような複雑なイメージの融合を描きながらそれを楽しんで追求しているような感じさえした。ポップアートと言うとアンディー・ウォーホールが有名だが、ロゼンクエストはポップアートを黙々とまるで看板を描くかのように描き続けたアーティストとして独自の地位を築いた希有な作家だと思う。

ignore your prospective 19

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ignore your prospectiveではいつも斬新なグループ展を企画して来たが今回は初紹介の作家2名を含む4人の作家の作品を展示していた。以前見た作家の作品もあれば初めて見る作品もあり見応えある展示だった。
佐藤克久さんは6月に個展をしたのが記憶に新しいが色と形の構成によるペインティングと立体を今回も展示している。彼の色彩感覚は実に希有であり、今後も新しい表現に期待が膨らむ。石田浩亮さんの作品は初めて見たが道頓堀の川の水面に写る街の色は信じられないほど美しく、まるで抽象画のような瞬間を切り取った写真作品は凄く面白くて刺激的だ。黒澤潔さんは初めての展示という事だが、同じ大きさの木の土台にガラスを挟んで両方の土台の上に同じ大きさと位置で球体を置き、見る者にガラスが鏡に見えるような感覚を持たせるような不思議な作品や、白いオブジェの組み合わせの作品など、シンプルだがちょっとシュールなインスタレーションを制作している。もう1人の初出展作家、清水信幸さんは盛り上がった色の固まりがキャンバスに散りばめられた彫刻のようなペインティングを制作している。作品はそれがギャラリーであれ、ミュージアムであれ、個人宅であれ、空間に置かれる、または、飾られる。今回のグループ展では4人の異なる表現の作家の異なる作品が面白いハーモニーでギャラリー空間を縦横無尽に行き交いながらひとつの空間を作り上げている感じがした。児玉画廊としても「space aesthetics」=「空間エステティック」という趣向で今回の展示を提示したと聞くとなるほど頷ける展覧会だった。こうしたグループ展で日本の若い作家達をどんどん交差させ、突き合わせるのは見る者にはもちろんだが作家達にとっても刺激的な機会となるに違いないと思った。

アダム・シルバーマン「Space」展

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アダム・シルバーマン氏はあのストリートブランドX-LARGEを設立したメンバーのひとりだそうである。その後、彼は事業を手放して2002年より陶芸家として活動を始め2008年にカリフォルニアのHeath Ceramicsのスタジオディレクターに就任したのだそうです。Heath Ceramicsは独特のレトロ感ある陶芸で有名なブランドでカリフォルニアでとても人気が高いブランド。そのディレクターを務めつつ自身の陶芸家活動を精力的に続けているそうだけど、今回の展示ではその独自の陶芸作品の数々を一挙に見る事が出来た。まるで溶岩のような表面のテクスチャーは個性的であり印象的。なんとも言えない色合いや風合いはとても魅力的で陶芸作品の存在感そのものがズバッと目に入ってくる感じだ。展示方法もギャラリー中央の白い大きなテーブルにランダムに飾られていたり、壁にも迫力のある写真や陶芸作品の大物がどっしりと飾られていたりとてもモダンでシンプルだった。見る角度で陶芸作品の様々な表情を見られるので、なんというか「石庭」を眺めるような趣があったが、その辺りが今回の展覧会タイトルである「Space」と関係あるのかもしれない。小山登美夫ギャラリーは陶芸作家の作品に相当力を入れているが、その見せ方も素晴らしい。絵やオブジェとは違って陶芸作品は見るだけでも良いが使って楽しめるというところが面白いと思う。今回のアダム・シルバーマン氏の陶芸の数々も日本の家にもとても合うと思うし、値段もそこまで高くはないので自分だけの花瓶に花を生けるというような贅沢を楽しみたいなら是非お勧めです!

本木雅弘「素朴なアートのパワー、日常がアートな話。」

フォークアートの魅力

本木あ、今メキシコって言って思い出した、メキシコも一緒に行きましたよね。NYから

田辺あ~行った行った、

本木それで、メキシコシティーでフォークアートを沢山買って、骸骨ものとか奇妙でカラフルなものザクザク。

田辺面白かったね~

本木でも、あれも未だに時々街の雑貨屋さんで見かけるけど可愛いですよね!

田辺可愛い可愛い!

本木やっぱフォークアートの魅力って、行く地方地方であるじゃないですか、あれも面白いですよね。

田辺あるある、素朴なパワーがあるんだよ。
たぶんそれは原始的な無垢なパワーだろうね。

本木昔、グランドキャニオンに行った時に、ナバホインディアン?あ、今はインディアンって言っちゃいけないのか。

田辺そうだね、ネイティブアメリカン。

本木そう、その人達が暮らし続けてる立ち入り禁止の居住区っていうのがあって、そのエリアの回りにちょこちょこっとお土産並べて売ってたりするんだけど、そこで出会った、人間が動物のマスク被った木彫りの人形にどうしてもこう、なんか惹かれて買っちゃいました。

田辺でもさ、それはたぶんトウォブリーと通じるところあると思うよ、あのアフリカの呪術の木彫り人形とかネイティブアメリカンだったり、イヌイットとか、なんて言うんだろうね通じるパワーみたいな。

本木あ、たぶんそれは自然発生的なというか、人間の根源的な祈りみたいなものが込められているから同じ人間としてなにか感じる、、。

田辺だから一方で凄くソフィスティケートされた知的なインテレクチァルなレベルの凄い高い人達のアートがあるけど、どちらかっていうと俺なんかは人間が感じるのはそういった素朴なものとか、なにかこう純粋さみたいなもの、なんかそういう事が感じられる事、そういうのをアートに求めるのかもしれない。だから、例えばアンリー・ルソーっていうペインターね、あのジャングルの絵とか。

本木あーあの幻想的な。

田辺そうそう、あの人なんか俺は凄い好きなんだけど、ピカソなんかも彼の絵を集めていたらしい。 彼なんかさ、本当にジャングル一回も行った事ないのに全部想像で描いてて。
なんか、彼の筆さばきっていうか、彼は自分では凄く絵がうまいって言ってるわけ、俺は天才だって。
だけど、凄くへたっくそなんだけど、うまへただね、そこの具合が凄く好きで。

本木は、はあー

田辺そういうのってあるよね、で、たまたま日本にも似たようなのがあったりアフリカの木彫り人形の感覚に似てたりと。 なんかこう、クロスオーバーして?感性が似てる物がそこに発見出来たりする面白さ。
昔の人なんかさ、ヨーロッパだったらヨーロッパのアートしか知らないじゃん、その中で見てる訳じゃん。
今は世界中の物を俺らは見てて、ここのこれとあそこのこれがなんとなく同じところに引っかかるとか感じられるってのは面白い事かもしれない。

本木確かにそうですよね~

現場主義

田辺それは幸せか幸せじゃないかは別として。

本木でも、やっぱりその、今、旅が凄く楽になっちゃったのと同じように、まあ、仕事もそうだけども、最終的には現場主義でいたいみたいなところがあるじゃないですか。何事も、ある先入観とか、戦略があって、自分なりの物を抱えていくけれど、やっぱり現場に立った時にそれが使える物かどうかとか、そこで改めて感じられるものっていうの?だからやっぱりアートも写真もネットなんかで見ていた平面上の物じゃなくて実際に見た時にどれほどのエネルギーなり刺激を感じるか、交感できるかっていうのがやっぱりあって、そこを楽しみたいですよね、旅の風景もそうだし。

田辺本物だよね、やっぱり。
俺はトゥオンブリーの絵とか感動したし、もちろん好きな作家だから。
ピカソなんかもアヴィニオンの娘たちとか最初に見た時に凄く感動したし、ゲルニカも感動したし、でも一番感動したのはルーベンスの絵なんだよ。

本木はぁ、ルーベンス!

田辺フランダースの犬でさ、最後死ぬじゃん絵の前で、あの時にバックにさキリストが十字架から下げられる場面の絵があるのね、それって宗教画では凄く人気のシーンでいろんな人が描いてるんだけど、ルーベンスのそれっていうのが凄い。
確かベルギーのなんだっけ?

本木ブリュッセルじゃなくて?

田辺違う違う。

本木アントワープ?

田辺そう!アントワープ!
アントワープ美術館にあるのかな、で、それがニューヨークに貸し出されて来てたの。
それだけの名作だから凄い人気で、すっごい大きいんだけどさ、その絵はね、後光が射してた!本当に。

本木へえ~、でもなんだか分かる。

田辺もうなんかね、あれはなんなんだろう、たぶんその絵の前で何百年もの間いろんな人が祈りを捧げてたからか分かんないけど。 なんか、滲み出てくるようなものがあるわけ。
宗教画って沢山見てるけどあの絵は凄かったな。
だからそういう体験って本物のアートに触れるとあるよね、あと仏像とかもそうじゃん。
そういうのって貴重な体験だから、今の若い人はネットだ何だで先に見ちゃうから知った気になっちゃうけど、その、現場?が大切な気がする。

本木あ~いいな~ 最近、そういう決して朽ちないであろうものに出会えてない気がする。

田辺もし行くならアントワープにあると思うよ。
それは本当にお勧め、なんというか、思わず拝みたくなっちゃう感じ。

本木う~ん、そのうち出会いにいきます。

自分の生活全てがアート

田辺話は戻っちゃうんだけど、さっきロンドンにはいろんなところにアートが飾ってあるみたいな話だったけど、あと外国とかだと絵を飾るじゃない。
自分が好きな物、例えば子供の絵でもいいし有名な作家の絵でもいいし、何でも良いんだけど、日々なにか感じるために自分の生活のために飾るっていうのも大事ですよね?

本木そうですよね、やっぱり、平面な壁にたとえばハエ一匹いただけで意味が出てくる?(笑)えっと、それだけでも奥行きが出てくる?(笑)というように。でも、現実的には今の家は借り物なので壁掛けは無理、で、子供が描いたただの絵を立てかけてます、ようするにこれパパの顔?的な、歪んだ丸と小石がくっついただけの顔に枝のような手、とか、あれこれ。
でも、やっぱり、これは右利きの自分が左手であえて描いてもこの味は出せないみたいな魅力はある。

田辺通じる所ある感じ?

本木そうそう。しかも幼児は日々、進歩する、、
そういうものを感じたりするから、ま、今の生活ではそれで十分。

田辺あーそれはいいことだ。

本木かつ、また、やっぱり日常で起きてる出来事が、本当になんというか、単純ですけど、、思春期入り口の娘の手前に、素っ裸の3歳児がいて、時々185センチを越えたバスケ少年(長男)がウロウロ、、それだけで、なんか分かんないけど生活そのものがシュール。 例えば、娘が家でリラックスして、大股開き的にソファに座っているのをテーブル越しに見て=バルテュスみたいなね。(笑)
そういうのが日常のシーンの中にあるし、葉っぱだけだった枇杷がむくむくと育って実をつけていく様を窓からのフレームで見ていれば、あ、もうこの風景だけで静物画いらないよとかね。

田辺たぶんさ、昔アートを色々とどん欲に見た時ってそれが必要だったんだよ、でも今はさ子供とか生活とか、でも、同じだと思う。
日常のことが自分がアートに求めていたのと同じようなことをそこから得ている、だからそれは自分を豊かにしてくれる物だってことだから。

本木たぶんきっと、これは、物を作りたいって人間じゃなくても、ごく当たり前に生活を送っている誰しもが、ある瞬間、ちょっと寄り道したいとか、ここから逸脱したいとか、深く別の世界に行きたいとか、そういう感性の欲望らしきもの?が潜在的にあると思う。
だからきっと永遠にアートは消えないと思うし、アートの力によって群衆や世界が動くってことがあると思う。ちょっと大げさだけど。

田辺そうだよね、個人を動かせる訳だからね。

本木なんかその辺は信じたいし、信じたいって言ってる自分が好き?(笑)
それこそ、全てがコンセプチャル?毎日がアートです、みたいな。
だからウォーホールがただパシャパシャパシャって日々のスナップを撮っていたのも、今でこそ、それが十分過ぎる表現になってる。

田辺ウォーホールは究極のコンセプチャルアーティストであり、センスのいい人?だからそれを色々な形で残した人だよね。
だから、まあ、自分の生活の回り全てがアートですかね、そういう眼で見れば。

本木ホントにそうですね、いや~この先また自分が、どの方向に行くか、ちょっと今は離れているけども、また何らかの形でアートにぐぐっと接触する機会が増えれば、また違う好みも発見出来るかもしれないというのは楽しみです。

田辺なるほど!
今日は長々とありがとうございました、楽しい話が沢山聞けました。

本木いえいえ、こちらこそ、久しぶりに新鮮でした。

本木雅弘さんインタビューは全3回です。

本木雅弘(第1回)「ロンドンでの家族との暮らしコクトーの話。」

本木雅弘(第2回)「ニューヨークの思い出やコンセプチャルアートの話。」

本木雅弘(第3回)「素朴なアートのパワー、日常がアートな話。」