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桐島ローランド(第一回):海外と日本のアートに対する考え方の違いなどの話や日本のアートはどうしたら変わるのか?変われるのかなどの話。

海外と日本のアートに対する考え方の違い

田辺:今日はどうも、よろしくお願いします!
久しぶりですよね!

桐島:そうですね!

田辺:あの、今回はお友達と会って、その方の持ってるアートを見ながら色々とお話しをしましょうという企画なんです。

桐島:はい。

田辺:まず、このトピックが多いんですけど、僕もローリーもニューヨークにいて、日本に帰ってきてしばらく経って、まあ、アートには興味があると思うんですけど、まず、海外と日本のアートに対する発信する側の違い?まあ、海外だとギャラリーが沢山あってミュージアムも身近にあって。。

桐島:うん、そうだね~

田辺:そういう違いとかってどう思います?

桐島:まず、敷居が低いよね!
確実にいえることは。

田辺:海外の方がね?

桐島:海外はとにかく敷居が低くて、ギャラリーなんかも基本的にはただで入れるし、あと一般の人が別にそんなにアートに詳しくなかったとしてもそういうところに入って、買う時もあるからね。

田辺:そうですよね。

桐島:そう!全く知らない作家でも自分が良いと思ったら買ってくれる。そういうパトロン的な存在がマスにいるって感じ。日本だと特殊な人しかアートって買わないと思うし。

田辺:そうだね。

桐島:見に行くのも本当に好きで見に行ってる人だらけで、海外はもっとカジュアルにアートに触れてるんじゃないかなって。また本物が町中にあるっていったら変だけど、パリとか、オランダとか、そういうところに行けばもうアートが街中にありますよね。イタリアのフィレンッエなんか特にそうだけど。だからやっぱりそういう環境で当たり前に育ってる人達が羨ましいな~って思う。日本だとやっぱり隠されてるから全てが。

田辺:なるほどね。

桐島:隠されてるしやっぱり、例えば有名な画家の個展が日本で行われると長蛇の列で、一つの作品も見れて5秒?みたいな?向こうって平日の午前に美術館行ったら独り占め出来ますからね。

田辺:そうだね~

桐島:まあ、最近はそうでもないみたいだけど、俺たちが学生の時なんてメトロポリタン行ったらガラガラだったじゃん?

田辺:うんうん。スケッチしてる人がいたりね。

桐島:そうそう!まあ、さすがに今はメトロポリタンも人だらけみたいだけど。。

田辺:よく海外だと子供が、ほら課外授業で!いわゆる鑑賞教育っていうの?そういう育つところからアートが身近ってのもあると思うけど。。

桐島:そうだね、やっぱり枠にはめないところとか、皆が自分の目を信じる力を持ってるから。まあ、そういう教育してるじゃないですか。

田辺:そうだね~

桐島:だから子供もそうだけど、自分が好き嫌いっていうのは自分で決めるから。やはり日本って一つの枠に固めようとするじゃないですか?何が良くて何が悪いのかっていうのをすぐにほら、数値的にとか論理的に決めつけたがるところがあるけど、アートなんて実際そんなのないから。

田辺:そうだよね。学校なんかでも絵に点数付けたりとか、まあ日本人があんだけ英語勉強してても英語喋れないのと同じで美術っていうのも一つの点数の対象になってて楽しみを教えないっていうかね。

桐島:そう、だからデッサンもリアルに描くんじゃなくてその人のスタイルを貫かせるっていうのが本来の教育の仕方だと思うし。まあ写真も同じですよ。日本の教育法は。最近やっと良いところも出てきてるけどやはり10年以上遅れてますよね。

田辺:技術にばかりこだわるとか?

桐島:いや、それはまだありますよ、だからアートでもテクニカルなものを好む?日本人はそもそも職人が好きだから。それはそれで僕は悪いことじゃないと思うんですよ。テクニカルも必要というかピカソだってテクニックはある訳だから。

田辺:うんうん。

桐島:抽象的なものを描くようになったけど。結果としては。基礎がちゃんとできてるから。それと落書きとは全く違う訳だから。

田辺:そうだね。

桐島:それは絶対にあるし、ただ、日本はその基礎っていうものにこだわり過ぎてるところがどこかあるんじゃないかって。

田辺:なんか、こう日本人って不安になっちゃうっていうか、なんか、自由にやっていいって言われるとなにも出来なくなっちゃうみたいな?

桐島:はいはい、縛られるのが好きなんですよ。

田辺:アートなんて一番自由であるべきものなのに。人がいいっていったものを買うとか。皆が駄目っていったものは自分が気に入っててもそう言えないとか。そういう気質みたいなのもあるのかもしれないですね。

桐島:まあ、アートって凄いパーソナルなものだから好みだって違って当たり前だし。この作品、こんなのゴミだって思うものが他の人の宝であって、良いんですよそういうものだと思うから。そしてたまたまそういう意味でゴミだったのも後になってアートになって行く時もあるし、でも、まあ、今のアートの在り方っていうのもどっか問題はあるなと俺は思う。別にそれはもう日本だけじゃなくて世界的にアートっていうものがとってもコマーシャルになっちやって。

田辺:そうだね。

桐島:なんか、ある意味自由になり過ぎちゃったところがあって。なんかなんでもありになってるよね、一般の人もそうだし。ただ疑心暗鬼になっても仕方ないけど。でもアートってとにかくこれなんか気になるっていうことで良いと思うから。そういうものじゃないですか?それで別に癒される必要もないと思うし。人それぞれだから、体験っていうのは。

田辺:じゃあ、そういう色々な理由があって日本と海外の差ってある?

桐島:うん、絶対にありますよ!まあ、日本はもともとそういうものを否定したがるっていうか、なんか数値化出来ないものを見下すことがあるからアーティストに対するリスペクトが基本的にないな~っていう、そういうクリエーティビティーに対する尊敬がなくて、お医者さんですとか、弁護士ですとかっていうと尊敬されるけど、自分が写真家だっていうと水商売じゃんっていう、そこの差はずいぶんある。

田辺:そうだね、画家っていうと貧乏だみたいなね。

桐島:そうそうそう!

田辺:そういうイメージだったり、偏見があるよね。

桐島:そうそう。
だからそういう意味では中国の方が全然上ですよ。

田辺:そうだよね。

桐島:中国はアーティストに対するリスペクトは非常にあるから。

田辺:そうだね。

桐島:だから今チャイニーズアートの方が日本より全然元気だし、マーケットも凄いことになってるし。

田辺:そうだよね。

桐島:日本のアートは悲しいよね、なんか相変わらずチープな感じで、美大生もいつもながらああいう貧乏臭いイメージがあるし。

田辺:こんだけね、経済大国なのに。世界で活躍しているアーティストが余りにも少ないし。

桐島:そうそう。
だから結局日本の企業も一時は会社が投資の目的でアートを買っていたくらいで、でも本当に好きで買っていたかっていうとそうでもないし、ブランドが好きじゃん、結局。だからあんな印象派に何十億もかけたりとかさ、してたけど、なんかやっぱりもったいないことに日本には良いパトロンがいないですよね。

田辺:そうだね。

桐島:自分の目を信じて、こいつを育ててやろうってくらいの人は本当に少ない。俺も何人か知ってるけど本当にその何人しかいないって感じ。大林組の大林さんなんかもそうだけど、彼の場合は若いアーティストのパトロンになってやろうって意識があるけど、そういう人って本当少なくって。

田辺:狭いサークルで回っているってだけって感じだよね。

桐島:そうそう、凄い狭い。そう。

田辺:そうだよね。

桐島:まあ、小柳さんなんかもそうかもしれないし。でもブランドが好きだよね、相変わらず。最近話題になったほら、何だっけオンラインブランドの。。

田辺:あーZOZOのこと?

桐島:そうそう、バスキア買ったじゃん。

田辺:まあ60億くらいで買ったやつね。

桐島:まあ、本人が好きで買ったんなら良いけどさ。

田辺:まあ、相当にせり上げられて買わされたと思うよ。

桐島:あれはちょっとどうかな。申し訳ないけど。

田辺:まあ、俺は思うけど日本でそういうアートを買える力のある人も結局、じゃあ若手で誰を買おうかっていうのが分かんないと思うんだよね。だからそういう部分も整理されなきゃいけないんだけど、やっぱり日本の美術関係者っていうのがさっき言ったように狭い中で回ってるから一般的にならない?だからお金持ってる人はいっぱいいると思うんだけど違うことにお金使ってる。

桐島:まあ、確かに分からないよね。俺もだって、自分が良いと思ってもね。昔良太が描いてくれた絵とか俺は好きだったし。

田辺:おお、ありがとう。

桐島:あれを家に飾ってたし、別にそれで良いじゃん。だって、じゃあ良太がスーパースターになってくれたらそれはそれで嬉しいけど、そうでなかろうが別に自分が良いと思って飾ればそれでいいわけで、自分の写真もそういうもんだと思うし、誰かが飾ってくれたら嬉しいし。別に俺のネームバリューとか関係ないじゃん。

田辺:うんうん。

桐島:だけど、ブランドが先に走っちゃってるっていうのがある。まあ日本はブランドが好きなんですよ。

田辺:そうだね。

桐島:そういう国民性でそれはしょうがないと思う。別にそれは否定しないし、職人が好きだっていうのも否定しないし、俺もテクニカルなものは嫌いじゃないから。やっぱりこれはちゃんと奇麗に描けてるなとか、ちゃんとしたバックボーンがあるなとか、ベーシックがちゃんと出来てるっていうのがそういうのが嫌いじゃないから。

田辺:うんうん。

アートのトレンド

桐島:ただ、やっぱり時代の流れはそういう絵を描く人だけがアーティストな訳じゃないから、写真家もアーティストだし、映像作家もアーティストだし、題材がアートだからどっちかというと。だから基本的にはコンセプト。ただそのコンセプトが今凄く抽象的になっててどう解釈するのも自由になったっていう意味では、でも分からない人には分からない。とはいえアートってトレンドがあるからある程度の。やはりそれは印象派だって一つのトレンドだった訳じゃないですか。ポストモダンがあって、そういう時代があって今はそのトレンドの幅があまりにも広くなり過ぎちゃって今はもう何がなんだか分からなくなってきてると思うんですよ。

田辺:うん、そうだね。

桐島:だからそういう意味じゃ非常に難しいと思う。別に俺たちみたいにアートの歴史が分かってた人間からしても、じゃあ次のバスキアはこの人だって言い切れないだろうし。

田辺:そうだね。

桐島:あれもだから運だよね。たまたま。

田辺:そうだね。まあ時代的に最後かなって思うのは最近デジタルが主流になってきて、いろんなところでいろんな人が発信をする?っていうと、アーティストの発信と一般の発信が何が違うのかっていいうのも曖昧になってきているし。

桐島:そう!

田辺:ますます線を引くのが難しくなってきているのかな。

桐島:そう、だからもう結局やったもん勝ちと話題になったもん勝ちって時代になってきてる。確かになってる。

田辺:それはあるね。

桐島:でもしょうがないと思う、それはもう。だからキックスターターみたいのもあればユーチューブみたいのもあって、アーティストが自分を発信する場はいくらでもあるから、昔みたいな言い訳ももう出来ないよね。だから、ギャラリーのオーナーに認められないと俺はブレイク出来ないってことでもないし、そういう意味では誰にでもチャンスはある。世界中の誰にでも世界的なアーティストになれる可能性がない訳じゃないから。

田辺:自分のメディアで発信出来るんだものね。

桐島:そう、だからそういう意味では、例えばミュージシャンでもいえることじゃないかな。映像作家でもなんでもいえることだけど、正直言い分けが出来にくい環境にはなってる。

田辺:なるほどね。なんか、さっき言っていた今はなんでもありっていうのがあるんだけど、俺はコンセプチャルアートが主流になって以降、なんでもアートになり得るってことになっちゃったけど、やっぱり心に響くっていうのが大事かな。説明されて分かるとか、コンセプトを理解しないと分からないとかじゃなくてやっぱパッと見てパッと感じるのが必要かな。

桐島:そうなんだよね。

田辺:そこが大事かなって思っていて、それはまあ俺がそうなだけでそうでないアートを否定している訳ではないんだけど、分かるんだけど、心に響くかが一つの境界線みたいな?どうですか?

桐島:いや、全くその通りだと思いますよ。だからパーソナルなものだと思うんですよ。万人受けするアートなんてあったらおかしいと思うんですよ。

田辺:うんうん。

桐島:だって人それぞれ、だからそこはしょうがないじゃん、皆さん各自の領域がある訳だから、ようするにそこをくすぐるものかそうじゃないのかによって良いものか悪いものかになる訳だから。もちろんマスに受け入れられたもので素晴らしいものもいっぱいあると思うし。ただ、やっぱり20世紀になってから基本的にはもうコンセプチャルだから。そういうものは何というか難しいですよね。

田辺:そうなんだよね、だから専門家のため?ART FOR ART SAKEって良くいうじゃないですか。

桐島:そうそう!

田辺:だからなんかアートのためのアートになっちゃってて、人を寄せ付けないみたいな。

桐島:今のチャイニーズアートなんてまさにそればっかだよね。もうなんか、鼻につくものの方がどっちかっていうと多いよね。なんか、狙い過ぎ!みたいな。

田辺:そうだよね。

桐島:だけどやっぱりそれは人それぞれだと思う。俺からしたらくどいって思うものが、ある人にとってはちょうどいいっていう。

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