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artwork ahead 2013.09.22

髙石 晃「シャンポリオンのような人」

2013年8月24日 - 9月28日 @ 児玉画廊 

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白金の児玉画廊にて開催された高石晃の展覧会「シャンポリオンのような人」を見る。シャンポリオンのような人ということで、シャンポリオンとはどういう人なのか早速ウィキペディアで調べてみると。「ジャン=フランソワ・シャンポリオン(Jean-François Champollion、1790年12月23日 – 1832年3月4日)は、フランスの古代エジプト学の研究者。ロゼッタ・ストーンを解読し、ヒエログリフ(古代エジプト象形文字)を解明したことで知られ、「古代エジプト学の父」と言われている。」とある。なるほど、この人みたいな人の事?なのか。古代エジプト学の研究者で、あのロゼッタストーンを解明したとは!ロゼッタストーンは昔大英博物館で見た事あるけどもの凄い文字がいっぱいで、あれを解明したってかなり凄い人だ。話を高石晃の展覧会に戻すと、彼の絵を見ていると確かに謎めいた記号のような線が絵の中心に登場する。階段や床に展開する「何か」の中心には、まるで解明される事を必要としているかのような形の線(または記号、文字)があるのだ。聞いたところでは、まず最初にこの気まぐれな線のようなものをキャンバスに描いてから回りの背景を描き込むという制作行程らしく、この気まぐれな線は絵の雰囲気やトーンを決める最初の一歩的なイメージになっているのだろう。普通は背景を描いてから中心の最も重要な意味合いの物へと移行する制作過程がここでは真逆になっていて面白い。絵の色使いも独特だが、どことなく日本人的な色使いではないと思った。そういえば昔、中学校の絵のクラスなんかで自称「絵が苦手な人」が「何を描いたら良いか分からない」とか、「絵が下手なので恥ずかしいから描きたくない」とか言っているのを耳にした記憶がある。しかし絵の世界においては「何を描いても全然かまわない」し、「下手でも全然かまわない」のだと思う。世の中には色々と「うまくやらねばならない」事が多い。大人になると余計にそれは暗黙に要求されるような気がする。字をうまく書けた方が良いとか、お行儀よくしなきゃならないみたいな事は大人になるためにしなくてはならないことなのだ。でも、絵を描くという行為ほどそういった規制から一切解放されている行為はないと思う。絵は「うまく描こう」とか、「きれいに描こう」みたいなことをまったく気にせずに描かれるべきものなのだ。絵を描くという行為はまったくの自由であり、本人の勝手であり、世の中にはびこる一切のしがらみや約束に縛られる必要のない数少ない行為だと思う。でも、最も簡単なはずのそれがなぜか難しい。自分を解放するために描いてるつもりが「下手だなあ」とか思ってどんどん萎縮していって、つまらなくなる。楽しくなくなる。日頃から心を解き放つ事に慣れていないというか、普段はああすべき、こうすべきってことが多いから絵でもそうなっちゃうのだろうか。大分話が脱線しましたがようするに高石晃の展覧会を見て思った事のひとつは「自由に描く事の大切さ」みたいな基本的なことだったのです。子供の絵がなぜ素晴らしいかといえばそれは好きなように描いているからでうまく描こうみたいな外からどう見られるかをまったく気にせず描けるからだと思うのですが、大人になるとなぜかそれが難しくなる。