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本木雅弘「ニューヨークの思い出やコンセプチャルアートの話。」
my art collection 第2回 / 全3回 / 2013.10.18

本木雅弘「ニューヨークの思い出やコンセプチャルアートの話。」

ONE SIZE GALLERYディレクターである田辺良太が友人の「アートコレクション拝見!」に伺い、アートに関して気楽に語り合うという連載コーナー「my art collection」。第2回目に訪ねた友人は本木雅弘さん。10年振りに子供が出来て今は家族とロンドン暮らしの本木さんが来日中にお邪魔しました。今回は長い対談になったので全3回に分けてお送りいたします!

80年代から90年代のニューヨーク

田辺なんかね、ニューヨークによく来ていた頃は、80年代終わりとか90年代くらいかな、なんか、やぱり最後の輝きじゃないけど、ニューヨークのナイトライフっていうかその、街自体の凶暴性みたいなものが終焉する最後の時で、それなりにクラブとかもすっごい面白かったし。
ニューヨークのアートって街で起きてる雰囲気と切り離せないじゃない。

本木あー、例えば、少しマイナーで、危険なエリアが起爆剤になってブームが生まれたり、発展したりみたいな、、。

田辺人が刺激受けて、アーティストもアートするし、人と人が繋がったり離れたりしてみたいなこと全部を含めてニューヨークのシーンだったから。
だからそこを見れたっていうのは凄く貴重だったし、良かったと思う。

本木本当にそう!そこで良太さんも絵を描いていたし、何度もニューヨークにお邪魔してギャラリー巡りにくっ付いて行ったのが面白かった。
で、やっぱり、その中でも特に印象的にひゅっと思い浮かぶのは、ガゴジアンギャラリーに連れて行ってもらって1枚だけだったと思うけど、サイ・トウォンブリーの大きな絵を見た時に、、あれだけ抽象的なものだけど、現物から来る迫力?っていうの。本当に、巨木を目の前にした時のような、なんか、その「気」みたいなのをひしひしと感じたのを覚えてる。

田辺なんか、サイ・トウォンブリー最初、実物見たことなくて本で見て、でも、なんでここまで凄い作家なんだろう?って思って。
で、実物を見て感じるものっていうのが並半端なものじゃないっていうか、それはやっぱあるよね。

本木そうそう、サイ・トウォンブリーのあの、無作為に投げ込まれたような絵の具。そこに鉛筆でいたずら描きしたような、散文ともなんともいえない言葉がただ並べられ、そこに手で拡げたようにまた絵の具がかぶる、、。本当に現物を見た時に、あの、いつ、何から始まって、いつこれで良し、ってサイ・トウォンブリーの中で美的終点をどこで達成したのかっていう、その狙いも見えない。で、ほとんど無題っていうのが多いじゃないですか。でも、発色がキレイ。何だか濁った色まで鮮やかに感じるし、様々なイメージが呼び起こされるっていうことがもの凄く面白くて。

田辺だから、抽象画の作家って沢山いるけれど、まあ、ジャクソン・ポロックとかも凄くショック受けたけど、サイ・トウォンブリーのあの静寂感とかなんだろう、なんか日本人とかが美的な共感性が持てる感じ?

本木そう、ちょっとね、なんか、単純な物言いで、ポロックファンの方に殺されるかもしれないけど(笑)子供の絵本でOLIVIAっていう、いたずら好きな子豚の本があるのね、あれの中で出てくる話で、その子豚ちゃんがある日、美術館に行ってジャクソン・ポロックの絵を見て「こんなの私も出来るわよ!」って言って、ぼたぼたぼたーってただ床に絵の具を垂らす、、で、ほら完成!みたいな、そういうシーンがあるように、正直、ポロックの実物もニューヨークでいくつか見たじゃないですか、その時も、あんまりグッと来なかった。でも、そのサイ・トウォンブリーのそれは。。。

田辺一発で来た!?

本木そう、何か、ま、心の琴線に触れるみたいな。(笑) なんか、こうひゅーっと染み入るような。響くようなものがあるって思った。さっき良太さんが日本的共感?って言ったけど、 おそらくそれは、ポロックのよりも、もっとこう余白というか間があるじゃないですかサイ・トウォンブリーの方がね。

田辺そうだね、全然あるね。

本木だから、その行間になにかやっぱり、漂うものっていうのが。

田辺月並みだけど、なんか、禅とか侘び寂びとかさ、そういう美意識通じる何か。

本木そう、なにか、静寂も豊かさ、というような感じがあるんじゃないですか。

田辺西洋のものでありながら。
ジャクソン・ポロックってなんだかんだ良いながらアメリカンだからさ。

本木簡単に言うとパッションみたいな感じ?

田辺そうそう。
まあ、本人もアル中で死んじゃったけど。
で、あの頃はガゴジアンギャラリーが急成長してた頃だけど、ニューヨークはまあ、街中にアートがあるけれど、全体的な印象としてはどう、ニューヨークに行くとアートに出会えるって感じだったの?

本木そうですね、それで、人間の種類の多さというか、個性の幅を感じる。やっぱり作品に衝撃を受けたりすると、その人となりを知りたくなるじゃないですか。

田辺そうだよね。

本木で、少しは調べたりとか。サイ・トウォンブリーってね~、50年代に一応戦争に行って、アメリカ陸軍の暗号係?だったんだって。
だからそれでちょっとあの感じ?もしかしたら当時使っていた暗号を絵の中に散りばめたりしていたのかなとか。
それから、良太さんに教えてもらったけれど、本人は早々にローマに移住してしまって、もの凄い大理石の大きな家に住んで、そこの壁に自分で子供のいたずら描きみたいな絵を描いているでしょう。

田辺かっこ良過ぎるよね。

本木ほんと!そしてある時期からオブジェも沢山制作していて、、。
もう木でも銅でも何でも組み合わせてただ白く塗りたくっちゃうだけみたいな、何を意図しているのか分からないけれど
でも、やっぱり通じるものがある。そこまでにちゃんと抜き差しがされているような、、
特に洗練された形じゃないのになにか洗練を感じる。で、それがとても不思議。あと、あんまり注目されないんですけど、本人の写真って言うのが素敵なんですよ。

田辺それは見たことないな。

本木それも、例えば、花とかローマの建造物の柱のかけらをボケボケ写真で撮ってるとか、やっぱり本人の絵に通じるものがある。

田辺何やってもサイ・トウォンブリーなんだね。

本木そうそう、空と雲のボケ写真とか、見上げた空に、松の枝みたいのがざーっと入って来ているっていうのを捉えているんだけど、別に空を撮っている訳でもなく、その木の枝を撮っているんでもなく、見えてるものを、別のものにしてるみたいな。
その視点、これは色を見たの?形を見たの?それとも見えてるけど眼に見えないものを撮ろうとしたの?もう、とにかく堂々巡り、良い堂々巡りをしていく訳よ、なんか、観客として。

田辺まあ、でも今言った見えないものを撮ってたのかもしれないね。

本木だとすると、やっぱりアートって凄いね、、。さっきその、その場所の光をアーティストがどう捉えるか?みたいなことを言いましたけど、本当になんか、分からないけど、芸術って、光であり、同時にその影響は、ある意味毒ですよね。

田辺うん、毒ね。

本木たぶんアートも人々も、その間を常に行き来している、、。ある人にはその作品の神々しさが光のように眩しくて、ある人には毒のように効いていくとか。中には,自身の心の傷を表現するっていうアーティストもいるじゃないですか。傷そのもの、もしくは解毒したい思いで。で、それに共感した人が同じように解毒していくみたいなことであったりする。ある種、人はその輝きか毒かを求めるみたいな。あれっ、、何言ってるんだろっ、(笑)、その、両方がきっとアートっていうもので、だから、なにかそういう、製作者の心が透けて見えるって言ったら大袈裟だけど。そこにやっぱり惹かれていくんだと思うんです。

田辺この間話した目利きとか、なんとかって話、そんなに好き嫌いとかはないんだけど、ただ、これは本物だっていうか、偽物だっていうのはあると思う。
どんなにうまくやってみても、英語でオセンティック(本物)とフェイク(偽物)って言うんだけど、やっぱオセンティックなものっていうのは分かるかなって。
やっぱ、感じるじゃん、で、人は感じる事はごまかせないから、だからどんなにうまくても、そこに何かを訴えようって心がなかったら響いて来なかったり。

本木普遍的なものにならない。

田辺ならない、だから好きにも嫌いにもならない。
アートはやっぱり、好きか嫌いか、嫌いでも良いと思うんだよ、でも、何か人の感情を揺さぶるものがなければいけない?まあ、それはいろんなレベルはあると思うけど。

本木良太さんはそれを信じている?で、そういったものを感じ分ける力っていうのを、やっぱりこんだけ沢山のアートに携わっているとわかる?

田辺うん、そう思いたいけどね。
自分ではそういう風な目でみているつもり、だからギャラリーに行って、どんなに偉そうなのがあっても、なんかこれ何にも感じないなっていうのもあるし。
逆に、名もない人のものであっても、凄い!って感じるのもあるし、それが楽しいし、アートが存在する意味のひとつって、自分も感情があって、それは色んなレベルで揺さぶられたりするけれど、やっぱり、他の人が感じたものが印された何かに触れる、それが発せられているものに触れると、自分もなにか、共感するとか、色んな意味で豊かになるというか。

コンセプチュアルアート

本木うん。またね、カジリだけな話ですけど、マルセル・デュシャンの「泉」ってあるじゃない。、本当は「ファウンテン」って「噴水」って意味で。
あの便器に、チョロチョロと、おしっこしてる男根も含めて感じさせる噴水だ、ってあるものには書いてあったんだけど。
ああいった、コンセプチュアルアートの先駆けと呼ばれるものを見るともう全てがアートの定義にはめられてっちゃうじゃないですか、でも、さっき良太さんが言ったみたいに、きちんとした思いがあって、そこに辿り着いたり、もしくは発見されたものがあれば普遍的なものとして残ると。
あのマルセル・デュシャンのもひとつの事件として残ってる訳でしょ。
で、それをたまたまスティーグリッツのスタジオに持って行く機会があったかなんかで、撮影もされて世の中に残っている。
まっ、その現物自体は最終的に、コンセプチャル反対派が壊しちゃったらしいけど。、、、あの手については?

田辺それはまあ、コンセプチャルアートはそんなに深く知っている訳ではないけど、ヨーロッパとか、まあ、西洋の現代美術の中にインテレクチァルな人達の流れっていうのがあって、それは目でみて美しいっていう昔の美術っていうみたいなものから芸術になって行くっていうか、なんかその全てになっちゃった。

本木あれは、どちらかというと、ひとつのポエム?みたいな。
言葉とか、音楽を感じさせる、、?。
あと、そうだ、ちょっと離れちゃうかもしれないけど、日本でいう茶室の中で使うお香?

田辺お香?

本木香道は、香りを嗅ぐものだけど、香を聴くっていうじゃないですか。

田辺あーなるほどね、そういう感性ね。

本木だから、そういうのに近い?
要するにただその、美的意識や視覚を中心に訴えるものじゃない芸術。

田辺そうそう、だからたぶんその知的レベルの高い人がお好みになるというか。 なんか、色々やり尽くしてそこに行くしかないとか。 俺はね、コンセプチャルな作品でもみて感じなきゃ嫌だね。 それで、それは俺の中になにか、好みがあるし、なんかこう美意識を感じる装置があって、そこに触れてこないとなんか嫌だなって感じ。

本木ん~、、自分もそう思う。
理屈こねるのとても好きなんだけど、やっぱり疲れる。

田辺そうだね。

本木うん、、あなたの悩みに、謎掛けに、そこまで入り込む心の余裕がありません!ごめんなさい!みたいな。(笑)
それとはまたずれるかもしれないけど今ふっと思い出したので、、クリストみたいなものは?
梱包芸術?もうプロジェクト?そんなのあるんだ~って最初びっくりした。
昔、ビデオで色々まとまったものを観た事あるけど、こう、人体とかマネキンにぐるぐるぐるっと布だかテープだか、巻き付けるっていう、あれもパフォーマンスとして凄く面白いなって思ったけど、まあ、ああいうのに始まり、やがて、ロッキー山脈にピンクのカーテンかけちゃうとか、オーストラリアのビーチを2キロくらい埋め尽くしちゃうとか。

田辺環境に悪いんじゃないか?

本木そうそう、日本でもなんか、茨城でアンブレラプロジェクトとかやったし。
もう、ああなっていくと、あれも凄いですよね。

田辺凄いよね。

本木ほとんど自分たちのお金でやるってところも凄いわけでしょ。

田辺お金集めるっていうね。

本木あそこまで行くと、芸術か否かって所を越えて、人間の生き甲斐の迫力を感じる?みたいな。

田辺特殊な才能だよね、まあ、夫婦でたまたまやったっていう。
でもクリスとも、なんか、すっごいピンクだったりとか美的要素っていうか彼自体が、プロジェクト自体がどう観られるかっていうのを意識しているところはなんか、美的な事をやってるじゃん。

本木あーセンスを感じる?

田辺そう、センスを感じる。 でもさ、例えばウォルター・デ・マリアっていう作家、直島なんかにも作品あるけど、彼は凄く評価されているコンセプチャルアーティストなんだけど、凄い変な彫刻とかなんだけど、あと、ニューヨークではギャラリーに、セカンドアースって言ったかな、とにかく、ギャラリーの床全部を土で埋めてんのよ。このくらいの高さまで。

本木はあはあ?

田辺で、こっちがガラスみたいになってて側面が見えるんだけど、なんじゃこりゃ?みたいな。

本木ははは、ファーストインプレッションもその後見ても同じ感じ?

田辺なのに、永久展示物なんだよ、それが。

本木へぇ~、で、それは評論家とか、世間はどういう風に評価してるの?

田辺ほとんどの人はなんじゃこりゃ?だろうね。
あとなんか、ブロークンキロメーターって言って直径10センチくらいのゴールドの棒がズラーって並んでんの。
で、それを足したら1キロなんだろうけど、とにかく、それが並んでいるだけの彫刻?オブジェなんだけど、とにかく、なんじゃこりゃ?の人なんだよ。
で、あとは、メキシコだったっけな、平原にいっぱいアンテナが立ってて、雷の多い地域なんだよ、で、その雷が落ちるのを見るっていう作品なんだけどさ、さっきのもそうだけど、どっからどこまでがアート?っていう風になっちゃうじゃない。

本木もう、わからない!

田辺そう、分からない。

本木雅弘(第1回)「ロンドンでの家族との暮らしコクトーの話。」

本木雅弘(第3回)「素朴なアートのパワー、日常がアートな話。」

本木雅弘
本木雅弘

1965年埼玉県生まれ。89年「226」で日本アカデミー賞新人俳優賞。 「シコふんじゃった。」(92)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞など多数受賞。 企画から携わった「おくりびと」(08)でも、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞他、多数受賞。 「おくりびと」は、第32回モントリオール世界映画祭グランプリ受賞を皮切りに、第81回米国アカデミー賞外国語映画賞部門を受賞するなど、国内外で数々の映画賞を受賞。CM界でも独自の存在感を放ち、名実ともに活躍する実力派俳優。 3年に渡り放送されたNHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」で主演を務め、第38回放送文化基金賞 演技賞を受賞。