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ヒロ杉山(第2回)「ヒロさんのコレクション」
my art collection 第2回 / 全2回 / 2014.01.14

ヒロ杉山(第2回)「ヒロさんのコレクション」

ONE SIZE GALLERYディレクターである田辺良太が友人の「アートコレクション拝見!」に伺い、アートに関して気楽に語り合うという連載コーナー「my art collection」。第3回目に訪ねた友人はヒロ杉山さん。昨年はエンライトメントの15周年で回顧展や展覧会など大活躍でした。また、アートを普及させる為にシルクスクリーンをキュレーションしたNeoSilkも企画、アートの現状について語ります。

日本と海外のアートマーケット

田辺:僕もONE SIZE GALLERYの時に、ONE SIZEではちっちゃい方にしたんですけど、まあ、幾つか、可能性を考えた時に、おっきいのはあのぐらいが限界かなと、あれ以上になるとちょっと。

ヒロ:そうなんですよね。

田辺:気軽に買えない大きさかなと。

ヒロ:やっぱり、飾るってこと考えると、皆そんなに住宅事情的にね、いい壁を持っているわけでもないし。

田辺:釘とか出来ないじゃないですか。

ヒロ:ですよね。

田辺:だから、そういうのもね、辛いですね。

ヒロ:そう、やっぱり、つまんないところですよね。

田辺:ピクチャーレールで吊るすっていうの僕はあんまり好きじゃないんです。

ヒロ:僕も嫌です。

田辺:線が出ちゃうし。

ヒロ:そうなんですよ。

田辺:アートを飾りたいって人には恵まれた環境ではないというか。 海外に行くと絶対にアートって、家具のひとつというか、必要不可欠みたいな物っていう役割なんですけど、日本だとなんかちょっと、敷居が高いというか。 そういう存在なのはちょっとおかしいですよね。

ヒロ:そう、だから僕いつも言うんですけどOLが20万のルイヴィトンは買うけど20万の絵なんて買わないじゃないですか!

田辺:絶対買わないですね。

ヒロ:だから、その辺の感覚がやっぱり日本にアートマーケットがないっていう寂しい状況のひとつになりますね。

田辺:この話は本当に深い話になっちゃいますけど、日本のアートマーケットっていうのが凄く特殊で、ビジネスとしてこうきちっと確立されてこなかった。 あと、世界基準から取り残されちゃったとか、色々あると思うんですけど、もう少し、例えば、まあ、投資として買えるみたいな側面とかがしっかりしてたり、あと税金の問題とかがフォローされてればもっと違うと思うんですけど。

ヒロ:そうですね。

田辺:本当にその問題って大きいですよね。 あと、たぶん日本人って宗教もキリスト教も何も全部いいじゃないみたいな、わりとなんか、アートも別に特別じゃないというか、なんか、マンガがカルチャーになったりとか、西洋のアートを壁に飾って拝むではないけど、特別にするみたいな感覚がわりとないのかなあとか思ったりして。。。感覚の中に。。。

ヒロ:でも、なんか、江戸時代の浮世絵的な?あれも版画だと思うんですけど、あれを町人が買って、で、やっぱりあれを家に飾ってたと思うんですけど、あの感覚とか、床の間に掛け軸を掛ける感覚とかあったはずなんですけど。

田辺:そうですね。

ヒロ:たぶん、戦争に負けて(笑)贅沢だってことになって排除されて行ったのか、たぶんああいう文化がそのまま残ってればアートマーケットっていうのが現代にも残ってたんじゃないかって気がするんですけどね。

田辺:たぶん、あとなんか、そういうお金持ちの人はやっぱアート買ってるんだと思うんですけど、なんか、こう、画壇のお墨付きみたいのとか、なにかちょっと違う世界?一般、例えば僕らとか若者達っていうのはそういう趣味はないみたいな感じで、だからそこでたぶんヒロさんも今回Neo Silkっていうのをやられたと思うんですけど。 僕も本当に、やっぱアートを飾るとなんか部屋が締まるし、部屋を自分の好みのインテリアでやるっていうのもそうですけど、なんか良い事だと思うんですよね、 だからちょっと広めたいなと。

ヒロ:そう、だからさっきの最初の話に戻りますけど、その、ジム・ダインの版画を買った時に、その、あんな版画でもエディション30とか40だとすると、世界に40枚しかない物のひとつを持ってるという贅沢な気持ちとか、なんかそういうワクワクした気持を、もっと一般の人に感じてもらえたら、なんか、もう世の中にマスのようにある有名ブランドのハンドバッグ1個持つよりどんだけ贅沢な気持ちを味わえるのかと。

田辺:そうですよね。 なんか、3年前の震災直後のART FAIR TOKYOの時に完売ブースとか出てて、その時まだミサ・シンさんって方がディレクターだったんだけれど、話をしたら、なんか完売ブースも出ちゃって、こんな震災もあって景気も良くないのにって話してたら、やっぱりなんかある部分の人達は言われたようにヴィトンのバッグに何十万出すよりもオリジナルの物1点で自分が価値を認めた物に払う動きが出て来たのかななんて言っていたんですけど、まだ、それはART FAIR TOKYOに来るような人達であって、一般的にはなかなか。でも、Neo Silkみたいに、3万円とかのプライスレンジだったら若い子もポスターを飾る感覚を本物のアートのエディションでって出来ますもんね。

ヒロ:そうなんです、あと、僕が思うのは日本人って自分で価値判断が出来ない人種なんじゃないかなって。 だから僕、よく海外のアートフェアに出品してパリのFIACとかは自分も出品してて、で、初日はVIPのレセプションなんですよ。 でも2日目から一般の人も入って来て。 一般の人のアートフェアに来る人口って凄いんですけど。 で、面白いのは、おじいちゃんとかおばあちゃんまで来るんですよ。

田辺:へぇ~

ヒロ:で、ずーっとゆっくり絵を見ながら、で、この作家はどういう作家なの?とか、質問しながら。 日本から来てる無名の作家でも気に入って自分の予算に合えば買って行くんですよね。

田辺:素敵ですよね~

ヒロ:そう、だから自分で好き嫌い良い悪いを判断して、それが別に有名だとかそうじゃないとか関係なく。 日本人ってそれが出来ない。

田辺:そうですね、なんか、お墨付きが欲しいんですよね。

ヒロ:そう!ただもうブランディングされた物は買うけど、自分で価値を見出してそこにお金を投資するってことがなかなか出来ない。

田辺:本当に良いお金の使い方だし贅沢な生活だと思いますけどね。 やっぱり海外は、僕もアートフェア行ったりしますけど、本当にいろんな人が来ていて、興味持ちますよね。 あと、ヨーロッパはアートに対するリスペクトみたいなのが凄くあって、あと、アーティストとかにも。 でも、日本って絵を描いてるとかっていうとなんか道楽者みたいに思われちゃう。

ヒロ:そうですよね。

田辺:なんかこう、ちゃんとした市民権を得た職業と認められていない!みたいな。

ヒロ:そうなんですよ、ヨーロッパ行くとアーティストはやっぱちゃんとした職業だし。 で、やっぱり向こうの絵を買う人は、絵もそうなんだけどアーティストに興味を持つ。

田辺:そうなんですね。

ヒロ:どういう作家なのかとか凄い質問されるし。

田辺:何かこうサポートするみたいな、パトロンの精神なのかもしれないですね。

ヒロ:あとなんか、例えば鞄や時計や車は自慢出来るじゃないですか、外へ持って行って。 でも、絵は外へ持って行って自慢出来ないから。

田辺:なるほどね。

ヒロ:で、海外って意外とホームパーティーが沢山あるから、家に呼んだ時にどういう絵が飾ってあったかっていうのがその人のステータスになるし、その、絵について1時間2時間語り出すじゃないですか。

田辺:語りますね~

ヒロ:日本はやっぱそういうのがないから、自慢出来ないっていうのがひとつありますね。

田辺:本当、外国行くと絵を褒めますもんね。 で、なんか最近買ったんだとか、この作家はこういう人でとか言って自慢しますよね。

ヒロ:そう、で、どういう作家を持っているかでその人の趣味趣向が分かったりね。

田辺:でも、まあ、そういう現状ではありますけど少しづつNeo Silkであったりとか、やり続けるしかないってことですね。

ヒロ:だから僕が最初にジム・ダインを買ったのがキッカケで、そういう、絵をコレクションするのが好きになったように、なんか、その一個のキッカケになったら良いかなと思って、金額を下げた企画をやったりしてるんですよね。

田辺:大事な事だと思います、やっぱりまず1枚、ひとつの作品を買って、で、なんかこう、家でひとり酒でも飲みながらニヤニヤしているっていう。

ヒロ:そうそう!(笑)

田辺:そういうの贅沢ですよね。

ヒロ:なんか、彼女が来た時に、これ良いねとか言われて、もうちょっといい気になって、で、二枚目を買うとか。 で、今は3万円でも3年後にはお給料が上がっていて次は15万円とかでも買えるかもしれないし。 そうやってちっちゃいけどもアートマーケットができる事が、僕は日本の若手の人が育つモチベーションになると思っていて。

田辺:僕もそう思います、やっぱりだから凄く才能がファインアートへじゃなくて、ま、それはまあゲームとかのカルチャーを上げたのかもしれないけど、ファインアートの世界ってなんかスポってないというか、凄く数が少ないじゃないですか。

ヒロ:そうですね。

田辺:だから、ギャラリーも頑張ってるギャラリーとかいますけど、まだまだ足りないし、なんかニューヨークに住んでいた時にアーティストが「俺はニューヨークで有名なアーティストになって大金持ちになってやる!」みたいな夢を持てた訳ですよ。 で、実際アートが売れるとがっぽがっぽ金が入って来るし、まあ、バスキアとかそうですけど、なんかそういう画家は貧乏にちがいないみたいな日本とは180度違う感覚っていうのを覚えていて、凄い違いますよね。

ヒロ:可能性が普通にありますからね。

田辺:ですよね、で、お金が入ればもっともっと大きな作品とか大きな構想の作品とか出来るから、才能をより使い切るっていうか、新しい事に使い切る? そういうなんか、土壌っていうか。

ヒロ:あと、ニューヨークとか行くと、こう、なんだろう、趣味の違うコレクターが沢山いるから、向こうのギャラリーで凄くダサそうなギャラリーでも、誰がこんな絵買うんだろうって絵でも売れてたりするじゃないですか。

田辺:あれも凄いですよね!

ヒロ:そう!やっぱ、こういうのも買う人がいるから成立してるんだな~っておもいますね。

田辺:裾野が広いですね~本当に。 あのチェルシーなんかも、まあ、有名ギャラリーは1階とかの目立つところにありますけど、あのビルの中の、なんかもう、線3本くらいみたいな絵ばっかりのギャラリーの、これ誰買うんだろう!?みたいなのもあるし。

ヒロ:ありますね~ でも、成立してるんですからね、それでも。

KAWSと作品を交換

田辺:いや、本当に凄いですよね。 まあ、日本は現状、村上さんでも奈良さんでもやっぱり海外に出て行ってしまうってことで。 本当に若手を応援するためにもアートが日常に根付いたものになるようなことはして行った方が良いですよね。 さて、話は長くなってしまうので、ここでアートを!

ヒロ:あ、これですね。

hiro-artpiece

田辺:あ、KAWS!

ヒロ:KAWSの初期の頃の、バスの広告をKAWSはその、盗んで来て、それにペイントしてまたバスのショーケースの中に戻すっていうのをやっていて、まあ、グラフィティーの基本というか、公共の物に描くっていう、今のKAWSは全然違うところに行っちゃいましたけど。 これは買ったんじゃなくて、KAWSと絵の作品交換したんですよ。

田辺:あ~そうなんですか!

ヒロ:ええ。

田辺:で、これを選んだ?

ヒロ:僕がちょうど展覧会やるんで準備してる時に、KAWSが遊びにきて、で、1個、KAWSが気に入った絵があって、これ買いたいんだけどって言って、いいよ~って。でも、買うんだったらアーティスト同士だしなんか交換しようよって言って、で、KAWSはこれを送って来てくれて。

田辺:なるほど。これ、何年前くらいですか?

ヒロ:これはね、何年だろ?2000。。。この作品自体は何年か分からないですけど、交換したのは2003年とか。。

田辺:あ~10年くらい前。 これは描いたんですか?

ヒロ:そうなんですよ。

田辺:へぇ~なんか、しっくり来てるから分かんないです。

ヒロ:分かんないですよね。

田辺:分かんないですよね、アクリルかなんかで描いてんのかな? 分かりました、これは凄いわ! で、額は自分で入れたんですか?

ヒロ:そうです。 もう筒に丸めて送って来ましたからね。

田辺:マジっすか!?

ヒロ:ははは

田辺:凄いっすね。 でも、KAWSテクニック凄いですね。

ヒロ:そうですね。 ディズニーにいたんですよね。

田辺:あ、そうなんですか!

ヒロ:うん、ディズニーのアニメーション部門にいて絵を描いていたそうですよ。 だから、器用だし、仕事が細かいから。。 この絵もさっきの話じゃないですが、額が重いんで、こういう普通のマンションの壁じゃダメですね。

田辺:日本は地震あったりもしますし。

ヒロ:ですよね。

田辺:でも、こういう本棚みたいのがあると、いっぱい絵を飾れるから良いですよね。

ヒロ:そうですよね。

田辺:分かりました!今日は面白いお話しと貴重なコレクションを見せていただいてありがとうございました!

ヒロ:ありがとうございました。

→ ヒロさんインタビュー前半「コレクションはお好きですか?最初の印象深いコレクションは?」はこちら!

エンライトメント 1997年、ヒロ杉山が中心となり結成。ヒロ杉山、松井正憲からなるアーティストユニット。 ファインアートの世界で国内外の展覧会で作品を発表する一方、フリーペーパーやアートブックの出版、展覧会のキュレーションなども行い、グラフィックデザイン、広告など幅広いジャンルで独創的な作品を発表しつづけている。さらにPV制作やVJなどの映像分野での評価も非常に高く、平面だけではなく立体作品から空間演出も手掛け、幅広い創作活動を展開している。 ヒロ杉山 1962 年 東京生まれ。1986 年 東洋美術学校卒業後、湯村輝彦氏に師事。 1987 年 谷田一郎と近代芸術集団結成。 1997 年エンライトメント設立、米津智之が参加。伝説のフリーペーパー「トラック」を創刊(全7 号) 2004 年、箭内道彦氏と風とバラッド設立。