作成者別アーカイブ: 田辺 良太

Sorayama Explosion

7月7日から811日まで渋谷にあるギャラリーNANZUKAにて空山基の展覧会「Sorayama Explosion」が開催されている。空山基といえばご存知の方も多いかもしれないがセクシーなロボットの絵を描くイラストレーターで初代ソニーアイボのデザインなんかも手がけたアーティストだ。セクシーロボットという独特の世界を作り出し、築き上げた唯一無二の作家であり、セクシーさやフェティッシュ、SMチックな世界観まで表現する作品のファンは多い。日本のみならず、海外での評価も抜群でコレクターは世界中にいると思う。今回は18万円くらいするロボットが波乗りするフィギュアを限定販売するのだがあまりの問い合わせにギャラリー側が近隣の迷惑を恐れて列を作られるような形ではなく抽選という方法に切り替えたほどである。それにしても空山基は何十年このセクシーロボットを描き続けてるんだろうか、きっと極める先はまだ見えないのだろう。

絵画の展覧会

630日から810日まで白金にある児玉画廊にてシリーズ化されたグループ展「ignor your perspective 41」が開催されている。毎回テーマを設けて続けられてきたこのグループ展だが今回のテーマは「intention of technique」である。絵画制作の上で作家たちが編み出す様々な手法とその裏にある独自の狙いや表現の試みといった部分にフォーカスを当てたグループ展となっている。今回は太中ゆうき、岡崎未来、杉本圭助、宮崎光男の4名の作家たちがそれぞれに異なった手法で描いた絵画作品を展示している。絵画作品が好きな自分としては大変に興味深い展覧会だが絵画においてのテクニックというのは作家たちが作り出した独自の制作手段であるが、そこには手法や技法やそれに使う素材などへのこだわりが詰まっている。そういったテクニックがある特異な表現を可能にすることもあるのでテクニックという側面から作品を見てみるのも面白いと思う。何を描くのかということと同じくらいにどうやって描くのかとは重要なテーマであり今回のグループ展はそこにフォーカスすることで作家たちの表現の源泉に迫るユニークな試みの展覧会だと思う。

「life」

市ヶ谷にあるMIZUMA ART GALLERYにて宮永愛子の展覧会「life」が6月20日から7月21日まで開催していいる。ギャラリー内には大小の透明な額縁が絶妙に配置されて浮かんでいる。絵画か立体か?作品は謎めいた雰囲気を漂わせ佇みながら見るものと静かに向き合っているようだ。よく見ると透き通った額の中には無数の気泡があるがひとつ一つの気泡は作家自身の記憶を閉じ込めたのか、または見るものもその気泡に自身の記憶を重ね合わせられるのか。イーゼルに掲げられた透き通った額縁も見ているとその透明の中に封じられた気泡の先にどこか懐かしいような静寂に包まれたような気持ちが現れるような気がした。奥の小展示室に展示されている「はじまりの景色」と題された写真の作品にも同様に懐かしいようないつしかの遠い記憶が焼き付けられているようだ。我々は作品を見るのではなく作品を通して世界を見渡しているという視点がこのシンプルだが力強い作品群から強いメッセージとして放たれている気がした。

 

見えない距離

山本現代ギャラリーにて6月9日から714日まで今津景の個展「Measuring Invisible Distance」が開催されている。展覧会タイトル「Measuring Invisible Distance」は「見えない距離を測る」であるが今回の作品の制作テーマがそこにあるのだろう。この作家の絵画では表現力の圧倒的な迫力とねじ曲がって混在しあったイメージの不可解さが見事に作品化されている。作家はパソコンのフォトショップで加工して作ったイメージを絵画に置き換えて描いているというがなるほどそう聞くとこの独特の世界に納得ができた。しかしながらパソコン上で指ツールの操作によって作られた虚構のイメージをキャンバス上に筆と絵の具を持って物質として表現するという行為は興味深く作家自身もその作業工程で生じるズレを手探りながらどう定着させるか試行錯誤しながら絵画作品として仕上げているようだ。作家はデジタルの時代にリアルであるキャンバスと絵の具を使った絵画作品をいかにして制作していくのかという距離感を図っているのかもしれない。

 

色彩の力

6月9日より7月7日まで天王洲アイルにある児玉画廊にて鈴木大介の展覧会「Perceiving 」が開催されている。「Perceiving 」とは「知覚する」という意味だがなるほど作家によって知覚された色彩の力を感じる展覧会だ。抽象画というのは個人的にとても好きな絵画なのだが抽象的に描かれた絵はごまかしも効かないし瞬時にセンスがあるかないかがわかるものだと思っている。どんなに頑張ろうがそういう問題ではなく才能が本物か否かは抽象画の場合は絵から滲み出てくるというか見れば分かってしまうものだと思う。そういう意味でもこの作家は才能に恵まれているしそういう人が抽象画という世界に真摯に向き合った果てに結果として表現された鮮烈な色彩や大胆な画面構成、流れる線などは気持ち良いほど力強く見るものに迫ってくる。まだ若い作家だと聞いたが今後がとても楽しみだと感じた。

蜜と意味

天王洲アイルにあるKOSAKU KANECHIKAギャラリーにて沖潤子の展覧会「蜜と意味」が721日まで開催されている。以前に開催されたグループ展でも見た作家だが今回は個展で広いギャラリースペースをうまく使って新作12点を展示していた。作家は古い布やボロが経てきた時間やそれらが語る物語の積み重なりに刺繍と自身の時間の堆積を刻み込み紡ぎ上げることで新たな生と偶然性を孕んだ作品を完成させる。まるで時間を紡ぐように古い生地の上に作家が施す信じがたいほどに細かく複雑に編み込まれた刺繍、それを石鹸で洗うと蓄積していた汚れが落ちたり色が抜けたりして針目は独自の色に染まってゆく。古い布の持つ歴史に作家の施す刺繍などの手が加わり新たな生命を宿した作品へと昇華する様にはどこか「生み出す」という女性ならではの性を感じずにはいられない。繊細かつ強靭な表現からは生きるということの真理が見え隠れしているようでもある。

「理科の窓」

大塚駅にほど近いKAYOKOYUKIギヤラリーにて5月11日〜6月17日まで「Science Window」というグループ展が開催されている。このグループ展、面白いと思ったのは参加している3人の作家がそれぞれアルゼンチン、ニューヨーク、愛知県という異なった場所を拠点に活動していることだった。当然として場所も違えば3人の使う言語や育った文化も違うのだが「作品を通しての表現」という共通言語でギャラリースペースを満たしていた。展覧会のタイトルである「Science Window」も面白く、翻訳すると「理科の窓」となるこのタイトルは男性のズボンのファスナーが開いていることを指す「社会の窓」に対しての女性版として使われたものだという。また、「Science」という単語の起源として我々が知る「科学」ではなくラテン語の「知る」を引用し「なぜ?」と疑問を持ち続けて来た人類の歴史と今は科学の発展により多くの答えが見つかったようでいても我々はあい変わらず「なぜ?」という根源的な疑問を感じ続けていることが展覧会のタイトルの背景にあるのだという。男性で言う「社会の窓」の女性版「理科の窓」の状態とは社会に向けて閉めているはずの「窓」が偶然にも開いたままになっているのかまたは意図的に開けているのかという疑問はさておき、作家たちはあえて「窓」を開けた状態で私的な思考や感情などを社会にさらけ出すことによってそれぞれの表現を模索しているのではないだろうか。

広げられた自空

六本木の小山登美夫ギャラリーにて5月25日から6月30日まで「もの派」の作家、菅木志雄の個展「広げられた自空」が開催されている。1960年代から70年代におきた芸術運動の「もの派」というムーブメントの主要メンバーであり70歳を超えた現在も精力的に制作活動をする菅木志雄だが1972年の最初の国際展への出展では主客二元論が主流の欧州において「これはアートではない」とまで言われた。しかし近年「もの派」への再評価によってアーティストとしての確固たる地位を築いた菅木志雄の活躍は目覚ましく世界中で展覧会を熱望される作家となったのだ。インド哲学や東洋的な思想に共鳴した独自の哲学によって石や木、金属といった「もの」同士や空間や人との関係性に対して様々なアプローチを仕掛けながら「もの」の持つ存在の意義を顕在化するような制作活動を続ける菅木志雄にとって新たな表現への情熱は尽きることがないのだと思われるが今回の展示も新作を含み素晴らしいので是非ギャラリーに足を運んでいただきたい。

 

カラー・シャドウ

六本木にあるペロタン東京にてダニエル・アーシャムによる新作個展「カラー・シャドウ」が開催されている。ペロタン東京での初個展となるこの展覧会は渋谷のNANZUKAにおいてもペロタン東京の個展を補完する形での展覧会「アーキテクチャー・アノマリーズ」が同時開催されている。「Fictional Archeology・フィクションとしての考古学」というコンセプトでの一連の作品を発展させた形の今回の展覧会でも火山灰や水晶など様々な素材を作品として来たアーシャム独自の「滅びゆく遺産としての現代文化」が象徴的に作品化されているがダニエル・アーシャム初のブロンズ作品も今回お披露目された。ギャラリー内を彼の作品でいっぱいにして作り上げた展示は面白くてアートフェアなどで単体の作品を見るのとは違ってダイナミックな世界観が感じられた。ダニエル・アーシャムはポップカルチャーを継承しつつ新しい表現を作品化する作家として注目すべき作家だ。

Dawn Chorus

神宮前にあるGallery38にて5月17日から7月7日までロマーン・カディロンの個展「Dawn Chorus」が開催されている。一見写真展かと思ったらなんと全て手で描いた精密な写実画だと聞いて驚いた。しかし、確かにそれは写真にしてはどこか温かみがあるというか機械的な感じがしない。だがかなり近づいて見ても炭で描かれたドローイングであるとは思えない不思議なリアリティーがあるし信じがたいような写実の技術だと言える。フランス出身の作家は日々アトリエで主題を分析し尽くしそのあらゆる多様性を抽出したいという欲求をドローイングという形で表現するのだという。それにしてもここまでの完璧な写実をするのは大変な作業だと想像できるしもはや描くという行為が瞑想のような域に達しないとここまでのドローイングは描けないと思う。静寂の中に佇むドローイングにはなんとも言えないような唯一無二の迫力ある展覧会だ。

 

中国の若手作家

MAHO KUBOTA GALLERYにて中国の若手作家レン・ミンガンの個展が6月9日まで開催中だ。中国では「ポスト80’S」世代と呼ばれるこの作家の世代のアーティスト達は前の世代のアーティスト達に目立った社会状況を直接反映するようなアプローチが少なくなったという。それに変わって「ポスト80’S」世代の特徴は彼らが10代を過ごした中国社会の文化や経済の変化をポジティブに捉えた上で伝統にとらわれない自由でパーソナルな表現だ。キャンバスに紙を貼って色彩した後にカッターで切り込みを入れてイメージを描くというレン・ミンガンの表現手法は試行錯誤して作り上げた独特のもので繊細かつ大胆な印象を受ける。中国では作品を欲しい人のウェイティングリストができるほどの人気作家だというが作品が放つシンプルだが唯一無二のパワーと独特な魅力を感じるとそれも不思議ではない。

 

PEEKABOO

五木田智央展

初台の東京オペラシティーアートギャラリーにて五木田智央展「PEEKABOO」が6月24日まで開催されている。五木田といえば白黒の鮮烈な絵画が有名だがイラストレーションから出発して今まさに現代アートの世界で世界的な注目を集める作家となった。60年代や70年代のアメリカを中心とするサブカルチャーやアンダーグラウンドの雑誌、写真に影響され制作されてきた作品は五木田にしか描けない独特の世界だ。今回は世界中にあるコレクションからの貸し出し作品と五木田をレプリゼントするタカ・イシイ・ギャラリーから提供された2018年度の新作が見れるまたとないチャンスである。五木田の名前や作品は随分前から知っていたしその作品の放つ異様なパワーはいつも独特で一種不気味な心霊写真を見るようなドキドキ感さえ感じてきた。そんな五木田の作品が近年にわかに世界で注目を集めるようになったのは世界的アーティストとなったストリートアーティストKAWSが彼のファンだったからだという。KAWSのアトリエにあった五木田の作品集にメアリー・ブーンギャラリーのスタッフが注目したのがキッカケだったのだそうだ。この展覧会ではタカ・イシイ・ギャラリーから以外にもKAWSやテイ・トウワ氏、メアリー・ブーンギャラリー、前澤友作氏などのコレクションからの貸し出し協力が見て取れた。今年一押しのパワフルで圧巻の展覧会間違いなしなので是非オペラシティーへ観に行って欲しい。

ライアン・マッギンレー

4月6日から5月19日まで六本木の小山登美夫ギャラリーにてライアン・マッギンレーの個展「MY NY」が開催されている。待望の2年ぶりの展覧会「MY NY」は2017年にデンバー現代美術館で開催された個展「The Kids Were All Right」の出展作よりセレクトされた約10点の作品が展示される。写真作品の他にもマッギンレーが1998年~2017年にニューヨークのダウンタウンで撮影した友人達やアーティスト仲間を撮影したポラロイド写真、それらを撮影したポラロイドカメラもなども展示される。2001年に自費出版した初の写真集で才能を見出され2003年にはニューヨークのホイットニー美術館で25歳という最年少で個展を開催して以来、世界的な評価を受けてきたマッギンレーの時代を代弁するような写真による表現力を存分に見るチャンスである。

Where did it come from

青山にあるRat Hole Galleryにて5月20日まで日本初公開となるアンディー・ホープ1930の展覧会「Where did it come from」が開催されている。新作のペインティングと立体作品の展覧会ではドイツ生まれでベルリン在住の奇才作家の摩訶不思議な表現世界を見ることができる貴重なチャンスとなっている。作家の名前「Andy Hope 1930」は本名ではないがロシア構成主義とモダニズムの終焉、そしてアメリカンコミックにスーパーヒーローが登場し始めた1930年という時代を自らの名前に込めているのだそうだ。アンディー・ホープ1930の表現領域は広くペインティングやドローイングはもちろん、立体、映像など複数のメディアを駆使してきた。表現内容もハイカルチャーからローカルチャー、自我にまつわることから社会までとあらゆるものの混沌を作品化してきた。そこに表現されるのは作家自身の空想世界やユートピア思考、歴史や新しい形態表現が縫い合わされた「無限迷路」と呼ばれる異世界だ。世界には面白い発想と表現力の作家がいるものだなあと思いながら見入ってしまった不思議な作品世界を皆様も機会があれば是非ご覧ください。

スターリング・ルビー

六本木にあるタカ・イシイギャラリーにて4月21日までスターリング・ルビーの展覧会「VERT」が開催されている。スターリング・ルビーはLAを拠点に活動する作家でタカ・イシイギャラリーでは今回が3回目の個展となるそうだ。最新作のペインティングでは赤やオレンジ、黄色、セルリアンブルー、緑、茶などの大胆な配色が黒などの背景と組み合わさり大胆で力強い画面を構成する。厚塗りの絵の具にボールかみや布帯などで画面をグラフィカルに切り取った作品には無骨ながらどこか詩的な感情を呼び覚まされるようだが作品タイトルには「cross、十字」「window、窓」「vert、垂直」などの含みのある言葉が用いられている。特に「窓」は作家が繰り返し表現してきたテーマであり見るものにとって窓の視点は外から見たものか内側からか明確ではない。不確かな未来の姿を予見しながら内側と外側を行き来する心象風景は絵画の中に無限の広がりを与えるようでもある。

池田衆の個展「Sight」

六本木ヒルズのアートショップに併設するADギャラリーにて4月8日まで池田衆の個展「Sight」が開催中だ。池田衆は写真を切り抜くカッティングアウト技法を駆使して独特なイメージを作り上げる。今回は新作も加わって大作もあり見応えのある展覧会となっている。池田衆は自ら撮影した風景などの写真をプリントしてそのイメージを部分的に切り抜いたり貼り付けたりなどして写真を変幻させる。もともとあった写真イメージをヒントにしてはいるが変幻の度合いは作品によって様々で全く違ったイメージに変化させる時もある。写真という正確に被写体を捉えたイメージを元にしながらも全く違った美しい世界を完成させるという面白い表現を試みているのだ。

 

枯れない花

天王洲アイルの寺田アートコンプレックスにあるYuka Tsuruno Galleryにて炭田紗綾季の絵画展「枯れない花」が開催中だ。絵の表面が塗り重なられた絵の具と油のツヤで輝くようなストレートな油彩画である。約2年ぶりの展覧会だそうで今回はじめて見させていただいた作家だがしっかりした手法と画面の構図の面白さなど絵には力があると感じた。これまで日本の文化やファッション広告、記念写真、観光地のポスター、神話など様々なモチーフを画面上で再構築して絵画に仕上げ異質なイメージを作り上げてきたそうである。作家が「文化のオリジナル」という考え方に問いかけるとともに80年代に育った作家自身も様々な文化の混じり合った日本の文化で育った。今回は災害などの平穏な日常が脅かされるような災いが起こるはずがないと誰もが思っている「平和ボケ」の中で生まれる現実との距離感を作品化したのだという。

透き通るような色彩

4月14日まで天王洲アイルにある児玉画廊にて糸川ゆりえの絵画展「アルカディア」が開催されている。透き通るような色彩を使って光の絵画ともいうべき絵画世界を作り上げるこの作家さんは以前から注目していた。独特な色の使い方や夢の世界のような画面の雰囲気が印象的な作品だがラメを混ぜ合わせた絵の具を使うことで画面が揺らめくような不思議な雰囲気を全体的に醸し出している。日頃からから書き留めている手記や夢の記憶などを反芻した時にふっと浮かぶ情景や人物をモチーフにして作り上げられる非日常的な世界観がこの作家の絵の魅力でもある。夢と現実の狭間にするっと迷い込んだような不思議な世界に輪郭の定かでない女性像が揺らめきながら現れるのだ。独自の絵画世界を貫く糸川ゆりえの絵画は見るたびみ新たなインスピレーションをくれるし今後も大いに期待したい作家さんだと思う。

奈良美智の30年

今世紀に入ってから活躍する日本人アーティストの村上隆と奈良美智、今や二人はアーティストとしてアジアはもちろん世界中で不動の人気を得ている。その村上隆が自身が運営するカイカイキキギャラリーでこのほど奈良美智をレプレゼントすることになったという。ともに躍進してきた同士として表現は異なるにせよ作家としての精神性を共有していると感じる二人の作家がこういう形で繋がるというのはアート界にとってニュースである。カイカイキキギャラリーでは3月8日まで最初のギャラリー企画展として奈良美智の過去30年に渡るドローイング展を開催している。カイカイキキギャラリーでは今年度もう1回奈良美智の企画展を開催するほか香港アートバーゼルでも特設ブースで奈良美智の作品を展示するという。アートに関心がある人はもちろんだが関心がそんなにない人も奈良美智の作品を好きという人は多いと思う。その証拠にカイカイキキギャラリーは平日の昼間にもかかわらず大勢の人で異常に賑わっていた。奈良美智にとってドローイングとは一体どういう行為なのかという原点を振り返る展示は圧巻でギャラリー内には年代ごとにグループ分けされた様々なドローイングが壁面やテーブルの上に展示されている。奈良美智の表現の源であるドローイングを年代を追って見ることはその作品の魅力の謎を紐解く鍵であるような気がする。子供の頃から鉛筆1本で描くことが好きで鉛筆1本でなんでも描けていたきがすると語る奈良美智だが自分の中から湧き上がる思いや感情をストレートに描き出すという行為で作品を作ってきたその稀有な才能を存分に感じることができた。村上隆と奈良美智の今後の新たな展開もますます楽しみだ。

天才?会田誠展

2018年2月10日から24日までの2週間、期間限定開催で北青山にある青山クリスタルビルのB1とB2を会場に会田誠展「GROUND NO PLAN 」が開催中だ。会田誠といえば2012年に森美術館で「天才でごめんなさい」という回顧展を開催した奇才アーティストである。好き嫌いは別にして日本の現代アートの一端を担ってきたこの作家は予測不能な発想と表現でいつも驚きを提供してくれる人である。今回の展覧会はアートの発展に力をいれる公益財団法人大林財団の助成プログラム「都市のビジョンーObayashi Foundation Research Program」によって開催されることとなった。2年に1度の頻度で5人の推薦選考委員の推薦によって選ばれたアーティストが都市をテーマに作品制作と発表をするという企画なのだそうだが記念すべきその企画展の第一回のアーティストに選出されたのが会田誠なのだ。会田誠と都市とはなかなか結びつかないような感じだがそこにこそ狙いがあったようで展覧会は相変わらずのハチャメチャな表現で面白い状況になっている。地下2階のフロアーは吹き抜け部分もあるが壁から吹き抜けまで会田誠ワールドが炸裂していてこの稀に見る異質な才能のアーティストは相変わらずパワー全開である。ゲストにChim↑Pomや山口晃も招き「やりたい放題」な展示インスタレーションを展開している。壁に貼られたビニールシートや紙切れに殴り書きされた会田誠の論理展開など読んでも面白いのでゆっくりと読み進むのもオススメだ。黒板に書かれた詳細とリアルなジオラマ模型で提案された新宿御苑大改造計画が特に圧巻だった。2週間の期間限定なので興味のある方は是非見に行って欲しい。

「ポートレイツ」展

MAHO KUBOTA GALLERYにてグループ展「ポートレイツ」が2月28日まで開催されている。昔のヨーロッパ貴族が描かせたいわゆる肖像画や日本なら浮世絵の美人画、近年ならスマホの自撮りも「ポートレイツ」といえばそうなるのだろう。歴史的にも絵画の主要テーマの一つだし現代になっても多くのアーティストが様々な表現でアプローチするのが「ポートレイツ」なのだ。「ポートレイツ」への出展作家はミニマムな線や形で人を表現するジュリアン・オピ、ガーリーフォトグラファーの先駆者的な写真家の長島有里枝、女性の体のパーツを絵に描く小笠原美環、女性の顔をアイコニックに描くグラフィックアーティストのKYNE、絵画の持つボリュームや質感を精密な模写で再表現する武田鉄平、都会のフリータの若者を油で描く富田直樹、現代の若者の触感を持つ彫刻や絵で表現する安井鷹之助の7人だが、今回最も驚いたのは武田鉄平の絵画作品であった。荒い筆のタッチで分厚い絵の具で描きなぐったような絵は実はその真逆で精密に模写された精密画だったのだ。様々な形で表現される「ポートレイツ」は非常に興味深い。

森田恭通写真展

ライカギャラリーにて開催1月19日から4月7日まで銀座にあるライカギャラリーにて森田恭通氏の写真展が開催されている。人気インテリアデザイナーとして世界中で仕事をする森田氏が写真家宣言をして約3年になる。白色陶器のような質感と滑らかな曲線美を追求したポーセリンヌードのシリーズをパリフォトで発表して以来、写真家森田恭通として活動を始めたのだが去年は写真集も発売して作家としての道のりを着実に歩みつつある。森田氏の写真はライカを使って撮影されプラチナやシルバープリントといった今ではあまり主流でないプリントにこだわって制作される。その大胆な構図やミニマルに切り取られたヌードのイメージも素晴らしいが黒から白へと移り変わるグレーのグラデーションが実に美しくプリントからは写真のものとしての存在感が力強く迫ってくる。今回もポーセリンヌードを発表したが特筆したいのは同時に発表された一連の花の写真である。今まで見たことのない陰影と形で撮られた花々の孤高の存在感と艶めかしいい生命力は注目すべき作品で度肝を抜かれた。開催期間も長いので是非ご覧いただくことをお勧めします。

注目の若手作家による2人展。

新年最初に紹介するのは若手の2人展。

2018年最初に紹介するのは渋谷ヒカリエにある8/ART GALLERY/TOMIO KOYAMA GALLERYにて開催中の2人展である。西太志と矢野洋輔による展覧会「居心地の良さの棘」は昨年から開催されていて見に行かなくてはと気になっていた展覧会だった。気になっていた理由とは二人とも1980年代生まれの若手作家だからでどんな表現をするのか是非見て見たかったのである。ピカソも大好きだしウォーホルも大好きだがアートフェアやミュージアムででそういう巨匠の作品を見るのとは違う意味で若手作家の今作っているリアルタイムな表現を見るのもとても好きだ。若手の作家に関しては作品の見方や見る時の気持ち、見た後に思うことなどが違ってくる。今活動していて、しかもまだ若くてこれからも様々な作品を作るだろうなという作家を見る時には「作品の見方」が変わる。そんな目でこの若手二人の作品を見ると二人ともそれぞれにとても「いいセンス」をしているし世界に通用する感性と表現力を持っている作家だと感じた。さすが小山登美夫さんが可能性を感じるだけあって二人とも素晴らしい作家としてますます活躍するような可能性を秘めていると思う。世界に通用するセンスのある作品だということはとても大事で、それが日本的に世界に出れるセンスでもいいし世界のアート作品の文脈におけるセンスの良さでもいいのだ。そう言う意味でまずセンスがいいかどうかはとても重要だと思っているので今回の2人展はとてもワクワクする展示として見させていただいた。

テクノガーデン

9月1日から10月5日まで外苑前のMAHO KUBOTAギャラリーにてブライアン・アルフレッドの新作展「TECHNO GARDEN」が開催されている。ブルックリンを拠点に制作活動をするブライアンはアートを飾った新幹線「現美新幹線」内にアニメーション作品を設置したことで話題になった作家だ。今回の展示でもペインティングの他にアニメーション作品も展示していたがペインティングの世界が動く感じのアニメーション作品はとても面白かった。ブライアンの作品はペインティングにおいてエドワード・ホッパーやアレックス・カッツといったクラシックなスタイルのアメリカンペインターの流れを汲んでいる気がする。シンプルに表現される線と色の面の構成で作り上げる景色はどこか懐かしくアメリカンカルチャーの色を放っているような絵だと思う。一方、日本が大好きで毎年来日するという彼はアニメーション作品に日本の風景を登場させる。それは去年の半年間、浦安市に教師として滞在した時に見た浦安近辺の風景だが立ち並ぶ大きなビルや倉庫とその建物の中が一体どうなっているのかを妄想した景色だ。なぜかとても和む絵と日本の風景のアニメーションを是非見にいっていただきたい。

見えるの分岐点

9月の16日まで白金にある児玉画廊で4年ぶりとなる中川トラヲの個展「Break Even Point」開催されている。児玉画廊は定期的にテーマ縛りのグループ展を開催していて中川トラヲも参加しているので作品は見てきたが今回は個展とあって彼の作家としての新たな試みを十分に見ることができた。展覧会タイトルは本来は損益分岐点という意味だがここでは作家の「見る」という行為を作品にしてきたコンセプトを表している。つまりそれは「見る」という行為はなんなのかという普遍的な問いである。それは「見る」ことで得るものと失うものが等しくなる地点、見えると見えないの臨界点、または絵画と絵画でないものの分岐点なのかもしれない。今回は今までのベニヤにアクリルで描く抽象画ではなく、額に不規則にマウントの窓をくり抜きそこから絵が見える作品や、モデリングペーストを分厚く重ねた土台に裏に木枠をつけてそのモデリングペースト状にイメージを絵爆など新たな表現方法も披露している。中川トラヲという才能豊かな作家の新作は注目である。

テーマは「平成」

恵比寿にある東京都写真美術館にて9月18日まで展覧会「コミュニケーションと孤独」が開催中だ。TOPコレクションは毎年1つのテーマで東京都写真美術館のコレクションを紹介しているが今年のテーマは「平成」である。メールやインターネットの普及、肖像権の侵害、個人情報保護など「平成」の時代になってから我々の周りを取り囲む環境は著しく変化を続けている。そんな時代背景の中で写真という表現手段も変化を迫られる中で今回は「平成」という時代をテーマに展覧会をキュレーションして展示している。写真という表現は作家と撮られる被写体との関係性の中で生まれるが関係性とは何らかのコミュニケーションだったり関わりということとなる。昔のような単純な関係性だけの時代から現代のあらゆる情報交換の手段が進化し続ける環境になって作家たちは何を撮影し、表現しようとしているのか、そして作家と被写体、作家と鑑賞者の関係性にはどういった変化が起きているのか。情報が錯綜し混沌とすればするほどコミュニケーションのあり方は無限に広がりその中で人は孤独を感じているのではないのか。現代が抱える新たな局面はすでにアート全体に大きな影響を与えていると思うがそんな今だからこそ興味深いテーマだと思う。同館では9月24日まで荒木経惟の展覧会「センチメンタルな旅1971-2017」も開催中なので合わせて是非ご覧いただきたい。

 

飛べ、こぶた

8月26日まで六本木のアートコンプレックスのShugoArtsにて近藤亜樹の展覧会「飛べ、こぶた」が開催中だ。激しい勢いを感じる絵画作品は力強く内服されたエネルギーの爆発のようなパワーを感じる。聞けば30歳とまだ若い作家は内面に蓄積した様々な記憶や想い、感情などが限界に達した時に大量の作品を一気に描きまくるのだという。一見めちゃくちゃのようでいて絵が決して崩れることなく安定した力を放つというのはそう簡単なことではない。絵の基礎というか、絵画力がないとなかなか想いのままに自由にしかしめちゃくちゃに崩れることなく絵として成立する絵を描くことはできないと思う。感情の全てをそのまま画面に吐き出すような描き方は無邪気な子供の絵によくみられるが大人として画家としてそれをやれるには技術よりも才能が必要だと感じる。そういう意味でこの若手作家の作品は凄いし更に今後の制作活動も楽しみだ。

 

無意識の姿

神宮前にあるSEZON ART GALLERYにて朝倉優佳の個展「Figure of Unconsciousness」が7月30日まで開催されている。2014年にアートアワードトウキョウ丸の内・シュウウエムラ賞を受賞して以来、ファッションデザイナー「ヨウジヤマモト」のコレクションにアートを提供して参加、今年の初めには東京オペラシティーにて山本耀司と一緒に展覧会も開催した。抽象画というアートとファッションとの出会いは作家にとって大きなインスピレーションになったという。絵が好きで特に抽象画が好きなので以前から気になっていた作家なので今回作品が見れてとても良かった。今回は人物画だというが絵を見ると全てが抽象化されて人の体という原型はとどめていない。しかし、出発点のイメージは人体であったわけで、そこから絵を描き進めながら「肉体という存在」への抽象的で概念的な試行錯誤が始まるのだろう。絵も結構売れていていいことだと思ったし僕も小品ながら1点の絵を買わせていただいた。抽象画は見るものを目で見えるものから見えないものへと誘う魔術のような力を持っていると思う。今後もコレクターの端くれとして朝倉優佳の活動に注目して行きたい。

理想郷

812日まで白金にあるが開催されている。聞けばまだ20代という若手作家だが僕がアートの中でも特に好きなペインティングを表現手法とする若きペインターである。彫刻や立体は自分で作ったことがないので分からないが絵は自分も描くので絵を見る時は特にそのテクニックなどを非常に興味深く見させてもらえるのである。ところで、テクニックの話の前に彼の絵の主題だが、ほとんどの場合は男性の体をテーマとして様々な絵を描いている。立ち小便する男性、裸の男性、酒のラベルの男性、ブルドーザーを操縦する男性などなど、様々なシチュエーションで男性が描かれる。それらを描くテクニックだが、油絵の具とアクリルを一緒に使ったっりして実に面白い質感の作品を作り出す。画面上を垂れ流れるほどの薄い絵の具で描いた上に部分的にかなり厚塗りで量と質感を感じるマチエールの力強い部分もあったりする。そしてそれら全てを統合するのが彼独自の色のセンスだ。以前から色彩のセンスは教えられるものではないと思うと言ってきたが彼にしてもそれは持って生まれた才能だと思う。色が冴えていなければまとまりのない絵になるであろうが実にうまく色の力で画面を引き締めている。若きペーンターの今後が楽しみだ。

Ignore your perspective 37

8月12日まで天王洲アイルのが開催中だ。シリーズ37回目なのだろうけどここまで続けているのは素晴らしいことだ。「Ignore your perspective 」とは「先入観を持たないで」というような意味合いだと思うが毎回異なったテーマを据えて作家たちはそのテーマの作品を発表するという趣向もいいと思う。今回も力作揃いで非常に興味深かったが絵画や立体作品、オブジェと絵を組み合わせた作品など作家たちは独自の表現で作品を発表していた。先日個展を行なった関口正浩も大きなペインティングを2展出していて迫力があったが、前回の個展では作品が完売したそうで嬉しいニュースだった。今回参加している五人の作家は全員が80年代や90年代生まれでとても若いが若手作家の作品が売れるというのは大切なことだと思う。今後もこのグループ展で作家たちが表現を続け作品を売っていくことは日本のアートシーンにとって重要なことだ。

Coyote

Maki Fine Artsにて8月27日まで白川昌生さんの個展「Coyote」が開催されている。プロフィールを見ると白川さんは1948年福岡県に生まれ70年代にフランスとドイツで哲学と美術を学んだそうである。81年にはデュッセルドルフ国立美術大学を卒業、83年に帰国後は群馬県を拠点に作家活動をしているそうだ。近年、日本の前衛美術やモノ派と呼ばれる作家などが世界で注目される中、白川さんのシンプルだが独自の存在感を示す作品は日本の抽象表現として興味深い。今回の作品展の名前でもあるコヨーテに関して作家はこの絶滅危惧種の野生動物の存在に自らの内にある知恵を感じたいのだと述べている。森や林の中、様々な種類の緑色が溢れかえる世界を無限の色の差異を知覚しながら進んでいくコヨーテの活動に習いフィールドを駆け抜けるその知恵を自らも感じたいのだという。とても控えめでシンプルだが美しいバランスで組まれたキャンバスと廃材の絶妙な組み合わせと色の差異を是非コヨーテに想いを馳せながら鑑賞して欲しい作品である。

ディエゴ・シン ”Yes No Thank You”

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アルゼンチン出身の作家、ディエゴ・シンの展覧会をヒカリエにある小山登美夫ギャラリーにて見た。作品は抽象的な絵画と一見グロテスクな感じがする立体作品1点で構成されていた。絵画はデニム生地のテクスチャーを周到にカンバスに描いたのか、実際にデニム生地を使ったのか、どちらなのか分からない不思議なベースの質感の上に青や赤などの鮮やかな色が自由奔放に着色された抽象画である。デニムの生地の質感はしわがよっていたり裂けていたりといった味のある風合いで、色は時にそれをなぞるように、またそれを引き立たせるように塗られている。なんとも見たことのない不思議な絵であるが展覧会のタイトルである”Yes No Thank You”を見て絵から感じる矛盾のような感覚が腑に落ちた気がした。抽象画は具象的な表現とは違い感性や感覚を可視化させる。人はものを見た時に自然にそれがなにであるかをまず認識しようとする。しかし、抽象的で意味を持たない色彩や形を見た時に人はその認識するという感覚から解放され気持ちのままに見たものを感じることが出来る。抽象画が素晴らしいと思うのはそういった点だがディエゴ・シンの絵にもそういった抽象画の持つ独特の力を感じた。そして”Yes No Thank You”という矛盾する言葉の展覧会タイトルからも分かるようにその絵はなぜか見るものを欺きなんとも不思議な心持ちにする。立体作品も同じで一見すると見たことのある彫像のようだがそれを構成する素材は全てそれが何であるのかを見分けられるのを拒むような偏屈な存在感だけで成立している。普段の生活では記号的で意味を持っていて見分けのつくものに囲まれがちだが抽象画を見ているとそこから気持ちが切り離されていつもとは違う感性が奮い起こされるようで心地がいい。全てに意味があって全てに意味などない、そんな矛盾が混在する強いメッセージがこれらの作品から感じられた。

桑田卓郎展

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陶芸家、桑田卓郎の大型作品展が青山の草月会館1階にあるイサムノグチ設計のホールにて開催された。現代陶芸でありながら古来から伝わるひび割れの技法など焼物の秘める予想外な仕上がりの可能性をふんだんに駆使した彼の作品は常に斬新である。色は驚くほどカラフルで刺激的、また生き物のような息吹を感じる独自のフォルムも大胆なその陶芸作品は実用的な茶器のような物からオブジェとしか表現しようのないものまで幅広い。今回、ヒカリエの小山登美夫ギャラリーでの個展の時期に合わせて大型作品の展示が草月会館で特別に開催されたのだが、大きいというか巨大な作品群は観るものを圧倒したし、ここまでの作品制作を試みた作家の意気込みは圧巻の一言に尽きた。もちろん桑田作品に独特のビビッドな色や躍動感ある造形美はそのままに、今回はもっと大きく、強く存在する一つのオブジェとしてそれらは草月会館のミニマムで静寂とした空間に配置されていた。海外でも非常に注目されて評価も高い作家と聞くが今回の挑戦的な作品作りは彼の作家としての計り知れない力量を更に知らしめる違いない。それにしてもここまで大きくかつ繊細な作品を会場に搬入し展示した小山登美夫ギャラリーのスタッフの苦労もまた並大抵ではないと思わず感心してしまった。

Broken Image 今津景

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山本現代にて今津景という作家の絵画展を見た。送られてきた展覧会のインビテーションを見た時にこれは絵画なのか写真を合成したのか、なにか得体の知れないイメージだと思っていたが実際のそれは絵画作品であった。画面には古今東西の歴史的な絵画や彫刻などの芸術作品のイメージが散りばめられているのだがそれらは全て断片で、更にそれぞれのイメージがブラシのストロークで混ざり合い繋がって一つの抽象的なイメージへと再構築されているような不思議な作品だ。今まで見た事のないイメージに圧倒されるがごちゃ混ぜになったアートのかけら達が一つになって放つその存在感は劇的で美しい。しかし、そこにうるさい感じはなく、どちらかというと静寂な存在感すら感じる。もちろん、動き、スピード感などを絵の節々に感じるのだがそれら全てが繋がった作品は一つの大きな存在として成立しているのだ。早く動く物体を写真で捉えようとしてイメージが流れて写る感じ、またはアニメに出てくる速い動きを表す表現手法など、視覚的に我々が現代になって見慣れて来た物の見え方がこの絵画の表現手法の中には見え隠れする気がする。それにしてもこういったブラシで引き延ばすような独自の描き方を見つけると作家はとかくそれをむやみに繰り返し結果としてワンパターンでつまらない作品にしてしまいがちなものだが、そういったマンネリ感はこの作品にはない。おそらく作家はこの手法でイメージをコラージュのように繋ぎ合わせる過程で繋がる事、重なる事で生まれる新たなイメージそのものを独自のインスピレーションと感性で捉え識別し、抜群の間や見え方の面白さを感じながら描き切っているのだと思う。だから結果としてこんなに面白くて奇抜だが同時に美しい絵画作品となっているのだろう。なんだかデジタル処理したような雰囲気もするが、ある一定のルールやパターンがあるようでいて実はなく、あるのは進行するイメージを見ながら作家が感じたインスピレーションを頼りに自由に描き出した結果なのである。これは機械にはとうてい出来ない技だと思う。一見デジタルっぽいようでいて実は人間ならではの美意識を頼りに描かれた美しい作品だと思う。それにしても面白い表現をする作家であるし、今後の作品もとても楽しみだ。

ART BASEL MIAMI BEACH

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マイアミのアートバーゼルに行くようになってもう7年ほどになる。スイスのアートバーゼルが海外に進出してアートフェアによる経済活性を行っているのだ が、去年は遂に香港にも進出してその勢いは増す一方だ。マイアミも今年は去年よりも内容が良くなってきたと思った。展示作品の質が良くなったし、どうでも いいような作品が少なくなって更に中身の充実したアートフェアになっている。マイアミの街もこの時期は大変に盛り上がり経済効果も相当なものに違いない。 メインのアートバーゼルの会場はマイアミコンベンションセンターだが、街中のいたるところにサテライトの会場が出現してアートマイアミやスコープ、デザイ ンマイアミといった展示会場を全て見て回るのは大変なほどである。今回はVIPカードを頂き一般よりも早くメインのコンベンションセンターでのアートバー ゼルを見る事が出来た。いわゆるファーストチョイスというこのVIP対応の機会は、いち早く出展作品を見て買えるチャンスとあってバイヤーやコレクターが 真剣な眼差しで作品を見て回っている。ピカソやマチス、ミロ、カルダーなどの作品もあればウォーホルやリキテンシュタイン、ローゼンクェストなどのポップ アートもある。また、デミアンハーストやリチャードプリンス、リヒター、ジェフクーンズなどの現代作家の作品も見られる。ミュージアム級の作品が一堂に会 する様は圧巻であり、それが取引されている現場という雰囲気も実にエキサイティングだ。有名な作家の見た事のある作品もあれば見た事ないような作品もあっ てアートの世界の奥深さを改めて実感出来る。参加ギャラリーも世界中から集まっていて、ガゴジアンギャラリーやマシューマークなどニューヨークの主力ギャ ラリーはほぼ全て出店している。ガゴジアンギャラリーに展示してあるリキテンシュタインなどは数十億円もするのだが、もう値段を聞いてただ驚くばかりであ る。広い会場を歩きながら見事な質と数の作品展示を眺めているとアートが世界的な基準で取引されて確固たる価値を持っている西洋のアートシーンに日本は完 全に取り残されている現状を実感する。アートを揺るぎない資産価値として成立させた西洋の商売人達は閉鎖的で封建的な日本のアートシーンなど全く眼中にな い感じだ。そんな中、日本の作家も自ら世界に出て始めて認められる現実は国内の多くの若手作家にとってはかなり厳しい現実といえる。日本でも一握りのギャ ラリーが頑張ってはいるものの、経済大国日本であるにもかかわらずアートに限っては余りにも世界に見放されてしまっている。アートバーゼルの会場を歩きな がら毎年のようにその質と量の凄さに感激するとともに、この疎外感を感じずにはいられない。